December 1 (Sat.) am. -1-
詩織はベッドの中で目を開いた。薄緑のカーテンの隙間からもれる光で、もう朝だとわかる。いつもより遅くまで起きていたせいで少し寝坊をしてしまったようだ。
まずは半身を起こして、夕べのことを思い出してみた。
――シオリちゃん、ただいま!
――あら。お風呂も用意してくれたの? 助かるわ。
青年を支えて戻ってきたアンジュとクリス。最初は詩織も手当てを手伝うつもりが、救急箱を出してくる少しの間に、アンジュは奥の部屋へ引っ込んでしまっていた。
――あのね、わたしたちの部屋で手当てするからって、お姉ちゃんが……
――……
――ごめんね……?
ちょっとした処置なら自分にもできる。が、本格的なものとなれば、もしかしたら邪魔になるかもしれない。それならアンジュに落ち着いてやってもらった方がいい――
詩織はそう自分に言い聞かせながら、申し訳なさそうな顔のクリスに救急箱を渡した。クリスもすぐに奥の部屋へ戻っていった。
それから2人は1度入浴に出てきて、それきりだった。
頭がはっきりしてきたので、詩織は起き出した。ダイニングキッチンのドアを開けると、姉妹は先に朝食の準備を始めていた。
「シオリちゃん、おっはよー!」
「おはよう。コーヒーだけ淹れておいたけれど?」
「す、すいません……おはようございます」
詩織はあわてて流しに向かった。
「すぐ作ります。朝、スープでいいですか?」
「もちろんよ」
クリスがとことこと歩いていって、冷蔵庫に手をかける。
「何入れる?」
「じゃあ……キャベツとニンジンとベーコンと、棚の中からタマネギ、お願い」
「はーいっ」
「……あの、ところで、昨日の人は……」
詩織は包丁を用意しながら遠慮がちに切り出した。するとアンジュは肩をすくめ、軽く首を振った。
「あれから目を覚まさないわ」
「そう……ですか」
「出血はそれほどなかったけれど、念のため病院に行った方がいいでしょうね」
――昨夜、青年はそれを拒否した。あの状況だったからこそか、今後も含めてそうなのか。
そんなことを考え始めた詩織の肩に、アンジュがぽんと手を置いた。
「わかっているわ。だから、相川先生に手配をお願いしてはどうかと思うのだけど」
「あ……!」
「外科は先生ご自身の専門ではないけれど、知り合いのお医者様を紹介していただけるかもしれないわ。それが駄目だった時は、考えましょう」
詩織は何度もうなずいた。
「あとで貴島さんに電話してみます」
「そうしたら私にもかわってちょうだいね。詳しく状況を説明する必要があるでしょうから」
そこで1度、話は終わった。
朝食を食べ終わって。詩織は貴島に電話をかけ、アンジュにそれを渡した。アンジュは少し話したあと、「込み入った話になりそうだから」と玄関の方へ出てしまった。
「クリスちゃん。あの人……ケガ、どうだった?」
コーヒーにたっぷりと牛乳を注ぎながら――アンジュが淹れたコーヒーは、いつも濃くて苦いのだ――詩織は尋ねてみた。するとクリスは思い出すように天井を見た。
「ケガの手当てはお姉ちゃんが1人でやってたから、わたしはあんまり見てない。でもだいじょうぶって言ってたよ。あとはゆっくり休ませてあげようねって」
「そう……」
「心配?」
「……ちょっと」
「シオリちゃんは優しいね!」
ちょうどそこで、アンジュが戻ってきた。電話を詩織に返しながら微笑を見せる。
「話が通ったわ。貴島さんが2時間後に迎えにきてくれるそうよ」
「本当ですか」
詩織は安堵の息を吐いた。するとアンジュがその顔をのぞき込んできた。
「その前に、私は買い物に行ってこようと思うのだけど。男ものの服なんて置いてないものね。いいかしら?」
「あ、はい。お願いします」
「できるだけ早く戻ってくるわ。クリス、あなたもお留守番をお願いね」
「はーい!」
「いいお返事」
アンジュは目を細め、ひらりと手を振って、出かけていった。
玄関の扉が閉まる音とともに、詩織とクリスは互いを見合った。
「待ってる間、何してよっか」
詩織が言うと、クリスは即答した。
「お兄さんの看病!」
「そうだね。もしかしたら、そろそろ起きるかもしれないしね」
詩織もうなずいて、何か役に立ちそうなものが家にあったかと考え始めた。
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