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-BLACK MARIA-  作者: 高砂イサミ
ending
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December 25 (Tue.) -1-


 迎えた12月25日。クリスマスの昼下がりは、あの始まりの日と同じように、どんよりとした曇り空だった。

 詩織が自分の部屋で出かける準備をしていると、玄関のチャイムが鳴った。相手をカメラで確認してから、急いでドアを開けに行く。

 約束よりも15分ほど早く、アズマがやってきたようだ。

「アズマさん。こんにちは」

「ああ」

 「どうぞ」と奥を指さすと、アズマは会釈して、モスグリーンのジャンパーと靴を脱いだ。詩織はその間にリビングのドアを開く。すると中にいた2人が同時にふり向いた。

「もうそんな時間だったかしら?」

「いえ、まだ……なので、上がってもらいました」

「やっほーアズマ君! 調子はどーお?」

 車椅子の上でテンションの高い声を上げつつ、マリアはぶんぶんと両手をふった。それを見たアズマがあきれたように息を吐いた。

「あんたは元気そうだな」

「もっちろんだよ! しばらく絶対安静だけどね! 君も元気そうで何よりだ。ツカサさんとか他のメンツは?」

「傷の回復は順調だが……たぶんあんたほどじゃない」

「なんだそりゃー!」

 マリアはケタケタと楽しそうに笑った。

 詩織はふと、涙ぐみそうになった。



 ――1週間前のあの日。


 意識がなかったはずのマリアが突然身体を丸め、せき込み始めたときの驚愕を、詩織は忘れられない。彼女が発した絞り出すような第一声も。


『あの……馬鹿クリス……!』


 詩織にはそれで理解できた。マリアの危険を詩織に知らせてくれたのもクリスだったから。

 詩織はまた泣いてしまった。となりでアンジュが声を上げて泣いた。

 マリアもまた、一粒だけ涙をこぼした。

 その後は相川邸にいた全員が、アズマが誘導してきたSPP国際研究所職員の車で運ばれた。詩織もそれについて行った。重傷者はいなかったようだが、2人ほど、ケガ以外にも処置が必要だという話が耳に入った。


 それで終わりだった。アズマと出会った雪の日から数えてわずか3週間足らず――その間、目の回りそうなほどいろいろなことがあったものの、幕切れはひどくあっけないものに感じられた。


 逆に世間的には、本格的な捜査がようやく始まったことで、“ヘクセ”関連のニュースが今まさに話題の的だ。しかし当然ながらその後の進展はない。きっと他の多くのニュースと同じようにすぐ飽きられて忘れられるだろう。自分に影響が及ばなければそんなものだと、詩織も知っている。

 けれど。

 詩織と、そのまわりの人間にとっては――



「んで? あなた達、これからどうすんの?」

 マリアが急に真顔になった。アズマがマリアに向き直る。その表情には、少しだけやわらかさが加わったようだった。

「全員の回復を待って、もう1度話し合う。ツカサは警察に自首することを考えてるらしいが、今度はしっかりと、みんなの意見も聞きたいと言った」

「うんうん。いいことだ。何をするにしたって影響は“M”全員に及ぶからね」

「それと、事件に関わっていない俺は出ていけとも」

「あっはは……でもアズマ君、聞く気ないでしょ?」

 無表情にこくりとうなずいて、アズマは視線を横にそらした。

「ただ、俺にも準備がいる。少しの間は研究所から離れようと思う」

「“準備”、準備ね。たしかに必要なのかもねー? お兄さんと向かい合うための“心の準備”ってやつねー?」

 例によってマリアが意地悪げに笑った。

 それに対する答えは、ため息ひとつだった。マリアは口をとがらせた。

「むう。つまらん」

「ところで、研究所を出てどこへ行くつもりなの? あなたの生家は残っているのでしょうけど……しばらく帰っていないのなら、荒れているのではないかしら」

 アンジュが口をはさんだ。するとアズマは、ためらいがちに視線を落とした。

「相川先生に、たのみたいと思う」

「お父さんに?」

「無理だろうか」

「いいんじゃない? あのひろーいお屋敷の後かたづけだの手伝う代わりに置いてもらうとかさ。交渉の余地はあるんじゃないのー?」

「え……」

 そんなことをしなくても、たのめば父はきっと迎えてくれるはずなのに。

 そう思ったところで、マリアが詩織に顔を向け、ぱちりとウインクした。

「よっかかりっぱなしは良くないよ。対価は支払う側にこそ必要なことだってある。ねーアズマ君?」

「……」

 アズマは答えず、どこか遠くを見るようにした。

 パンッとマリアが手をたたく。“黒”い瞳が、キラキラと輝いていた。

「善は急げってね。さっそく相川先生に連絡とっちゃおうよ! てわけで、詩織ちゃんっ!」

「あ、え、と……」

「連絡で思い出した」

 不意にアズマが言った。その視線が詩織を捉える。詩織は、自分を指さした。

「わたし……?」

「これを。ツカサから預かった」

 ポケットから出てきたのは詩織のe-phoneだった。ごたごたが続いたせいで返してもらいそびれていたようだ。おそるおそる、詩織はそれを受け取った。

「――あの。中……見ましたか?」

 さらにこわごわと、詩織は尋ねてみた。アズマは小さく首をふった。

「まさか」

「そう、ですか」

「どうしてか、ツカサは『見てみろ』なんて言ってたが」

 詩織は大きく息を吸い、吐いた。

 そして、心を決めた。



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