December 18 (Tue.) -14-
――暗い。
何も見えない。
ここ、どこだっけ……?
マリアはぼんやり考えた。と同時に、目の前にぱらりとまっ白なスクリーンが広がった。
カラカラと音がしてぼやけた映像が流れ始める。「映画」というのによく似ていた。アンジュと詩織と3人でほんの何回か観に行ったやつだ。それを無心に眺めるうち、徐々に、画像ははっきりと映るようになった。
『おねえちゃん、はやくはやく』
黒髪の少女がふり返った。まだ小さかった頃のアンジュだ。歩いているのは研究所の廊下――どうやら訓練室へ向かう途中らしい。ずいぶんとなつかしい光景だった。
廊下の先で扉の開く音が聞こえた。向こう側に焦点が合うと、白衣の相川博士が手招きをしていた。
アンジュが足を速め、つられて自分も小走りになる――
それは間違いなく、あの頃の日常だった。
ああ。これはもしかして、うわさの走馬燈ってやつ……?
画面がぱっと切り替わった。今度は外の風景だ。
『おねえちゃん、こっちみたいだよ!』
今度は自分がふり返ったように、くるりと視点が回った。
見上げたアンジュは今と変わらない容貌で、しかし硬い表情をしていた。これはたぶん、研究所から相川家に向かっているところだ。
自分が“クリス”の人格を作り上げ、能力すべてを失ったかのようにふるまい始めたあと、政府からは予算がおりなくなった。そのために国内の研究所は閉鎖した。他にSPM判定をされた“黒川麻里”のクローン達は、もういなかったから。そこまでの展開はマリアの読み通りだった。
しかも、その後は適当な施設に放り出されると予想していたところを、博士の娘の面倒を見さえすれば、いわゆる“普通の生活”ができるということになって。
そして――
『え、と。どなたですか……?』
詩織との初対面。インターホン越しに聞いた声は警戒と共に、疲れたような響きを帯びていた。
彼女が母親を亡くしたばかりらしいとは聞いていた。反面、彼女の方にはまだ話がいっていなかったようだ。しかし「相川先生の紹介で」とアンジュが告げると、すぐにドアは開かれた。
そろりと半分だけ顔をのぞかせた詩織は目を赤く腫らしていた。泣いていたのだとはっきりわかった。
『はじめまして。私達は』
どう説明するべきか悩んだようで、アンジュは言葉に詰まった。
と――
『……はじめまして』
ごしごしと目をこすった詩織は恥ずかしそうに笑って、ドアを大きく開け放った。
受け入れてくれた。詩織からすれば何者とも知れない自分達を。
“家族”に、してくれた。
ああ。そんなこともあったっけなぁ……
マリアも思わずほほえんだ。いろいろと不自由はあったにせよ、やはり自分の生は幸福だったと思う。アンジュ、相川博士、詩織。皆のおかげで。
最後までやりたいこともやらせてもらった。もう……思い残すことはない。
――本当に?――
ほんの少しだけ、詩織やアンジュ、他の“M”達のこれからが気にならないこともないが。きっとだいじょうぶだろう。ツカサとアズマが他の者を律してくれる。アンジュもサポートしてくれるはずだ。そう信じている。
だから自分はもう、安心して――
――……うそつき――
「ちょっと! 誰なの!」
口を開くと声が出た。予想外だった。しかしそれよりも、思考に割り込まれた不快感の方が強かった。
――誰?――
「勝手に人の中でしゃべらないで。あんた、何者!」
――…………――
ゆらり。
目の前の闇が動いた。徐々に凝って人の形になっていく。
マリアと同じくらいの少女の姿に。
「――え、え……!?」
目を見張ったマリアと“同じ”少女の姿。
そして彼女は口を開いた。
「わたし、だよ。“マリアおねえちゃん”」




