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-BLACK MARIA-  作者: 高砂イサミ
12th episode
62/66

December 18 (Tue.) -13-


 相川邸の門は少しだけ開いていた。牧田医師の乗用車はその前で急停止した。

 それとほとんど同時に、詩織は車を飛び出した。せいいっぱいの速さで走り、体当たりするように扉を押し開ける。

 そこで思わず硬直した。

 玄関ホールに倒れている黒服の男が2人。その近くでアンジュがうずくまっている。よく見ればその腕には、小さな身体を抱いていた。

「マリア、さん……!?」

「おいおいおいおい!!」

 牧田医師が詩織の横をすり抜け、姉妹に駆け寄っていった。詩織はふらふらとあとに続く。足下がおぼつかず、倒れないようにするだけでせいいっぱいだった。

「おい!! 嬢ちゃん!!」

 アンジュの腕からマリアを引きはがし、牧田医師が心臓マッサージを始める。仰向けにされたマリアの顔色は蒼白だ。生気がまるで感じられない。

「……うそ……」

 マリアの様子がおかしいことには詩織も気づいていた。ここを出る時、どうしてもう少し心配しなかったのだろう。アンジュがいっしょに残ったということはあったにしても。

 処置を続ける医師とアンジュのそばにすとんと膝をつく。

 目を上げると、アンジュは静かに涙を流していた。

「アンジュさん――」

「……マリア」

 アンジュがつぶやいて顔を伏せる。声はないが、かすかに肩が震えていた。

 詩織も目の前が暗くなるような気がした。ぎこちなくマリアに視線を移す。状況は、変わっていないようだ。

「く、そ……っ」

 処置を続けながら牧田医師が毒づいた。はじかれたように、詩織は身を乗り出した。

「マリアさん。……マリアさん!」

 ツカサの時もそうだった。深く影が落ちた顔を見ていると思い出してしまう。

 母が亡くなったときのこと。――1人になってしまったときのことを。

「………………やだ……」

 声が漏れた。1度あふれてしまうと、止まらなくなった。

「いやだ、いやです! マリアさん!」

「お、おい」

「お願い。いかないで」

 まるで小さな子供のようだと心のどこかで思いながら。

 詩織はマリアにすがりついて叫んだ。


「いなくならないで……もう、置いていかないで!!」


 そうして、マリアの手を強く握りしめた。



            * * * * *



 ふと、誰かに手を握られていることに気づいて、ツカサは目を開く。少しばかり歪んだ視界も数度またたきすると元に戻った。白い天井。薬品のにおいがすることから、救護室にいるのだろうと推測できた。

「ツカサ! 起きたのか!?」

 耳元で声がした。と思った次の瞬間、首に思いきり抱きつかれた。

「よかったあぁぁツカサあぁぁぁぁぁぁ」

「く、苦しいよ、トモ」

「あぁっ、ごめん!」

 あわてた声を上げてぱっと離れ、少年はフードの下の表情をくしゃりと歪ませた。

「でも心配したんだよ! 先生達はだいじょうぶって言ってたけど、ぜんぜん目ぇ覚まさないしさあ!」

「そう、か」

「ツカサ」

 今度は控えめに、上から顔をのぞき込まれた。彼の青みがかった眼に視力はないが、視線はしっかりとかみ合った。

「“トモ”って呼び方、なつかしいね。すごくひさしぶりに聞いた」

「……そういえばそうだったかな」

 “ヘクセ”結成以来、自身を含め、皆の元の名は呼ばないと決めていた。そのはずが、気がつけばなんのためらいもなくその名を口にしていた。

「ツカサにもらった“ヤマ”って名前もそこそこ気に入ってるけどさ。なんでかな、やっぱり“トモ”の方が嬉しいや。……怒る?」

「いや」

 思わず苦笑する。少し前であれば、たしなめるくらいのことはしたかもしれないが。

 今は。

「それで、向こうに行ったのかな、アズマは」

 話題を変えることにした。言ってから周囲をうかがってみる。動かせる範囲の視界に弟の姿はないようだ。最後に視線を戻すと、トモナリはうなずいて、ふと首を傾けた。

「ホントなんだ。ツカサがあいつの心だけ読めないっての。読めるなら、いるいないもわかるもんな」

「ああ、本当だよ。どうしてだろうね」

「えーそれを僕に聞くの?」

 真剣な顔で考え込むトモナリ。それを見て、ツカサは申し訳ない気分になった。

 本当は薄々気づいていた。同じ精神感応力者の防御さえ突破できる自分が、よりによって血縁の精神に干渉できないはずがない。ということは。

 原因は自分自身にあるのではないか。


 ただ――こわかっただけなのではないかと。


 黒井アンジュの言葉を借りるなら、自分はアズマに『依存』していた。あの時すぐにはそれを認められなかったが、考えるほどに、その言葉は内に深く食いこんでくるようだった。

 幼い頃に無条件でそばにいてくれた弟が、いずれ自分から離れていってしまったら。

 何かのきっかけで嫌われてしまったら。

 そして、そんな弟の心を知ってしまったら――

 平静ではいられた自信は、ない。だから彼の心に触れることだけ、無意識のうちに拒絶していたのかもしれない。

「僕もなかなか、情けない人間だったようだね……」

「へ? 急にどうしたんだよー」

 トモナリは膝を折り、ベッドに頬杖をついた。

「まーいいや。とにかく早く良くなってよ。それでさ、ちゃんとみんなと話そう? なんかよくわかんないことになってきちゃったしさ」

「そうだね。それがいい」

 そこでツカサは真顔になった。

「それと……彼女達とも、話をしてみたいと思う」

 黒井マリア。彼女がもし、生きているなら。

 そう心の中でつけ足して息を吐く。自身の心の動きは、自分でも意外だった。

 できることなら、彼女に生きていてほしい。

 いつしかツカサはそう願っていた。



            * * * * *



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