December 18 (Tue.) -11-
2人の間には肌を焦がすような沈黙が横たわった。
ややあって、マリアがゆっくりと口を開きかけた時。
「うわっ」
「! リョウ!」
奥の廊下からリョウが転がり込んできた。その後からはアンジュが、軽く片足をひきずりながら姿を現す。表情に余裕があるのは彼女の方だ。
「おとなしくなさい――ね!」
片足で軽々と跳躍する。すでにバランスを崩していたリョウの首を腕で捉え、床に引き倒した。
視界の端でそれを見て、マリアは唇の端を上げる。
「ご苦労様」
「どうということはないわ」
「お前達――」
ハヌマの唸るようなつぶやきに、アンジュが鮮やかな笑みを浮かべた。
「片足をとったくらいで、私をどうにかできるつもりだったのかしら。万全でないのはリョウさんも同じ。だったら、負けないわ」
「あ、兄貴、ごめん……!」
リョウはまだ抵抗しているが、どうしてもアンジュをはねのけることができない。
ハヌマはそんな弟から視線をはずす。狙いを定めるようにマリアを見据えてくる。マリアは腕を組み、鼻で笑った。
「あたし達姉妹を甘く見るからだよ」
「……なぜだ。黒井マリア」
「ん、何が?」
「同じ“M”でありながら。しかもそれほどの能力を持ちながら……なぜ甘んじる」
「……。前にも言ったでしょ。わからない?」
マリアは肩をすくめ――
次の瞬間、宙を滑ってハヌマの至近に飛んだ。
ハヌマが拳を上げる前に両手でがっしと顔をはさみ、黒い眼をのぞき込んだ。奥底には強い意志が透けて見えた。そしてそれを支えるのは、強烈な不満と憤りだ。予想していたとおりに。
「それはね? 今まで、充分しあわせだったからだよ」
――“動くな”。
ハヌマの脳に命令した。ハヌマがぐっと硬直する。もう動くことはできないはずだ。今までマリアの本気の暗示から抜け出した者はいない。
ただ1人、ツカサ相手ならば、どうなるかはわからないが。
「だからってあなた達にまで、現状で我慢しろとか言うつもりはないんだ。でもね。自己主張するにしたってそのやり方はダメだ。他人を不幸にして、いずれ自分も、自分の大切な人も不幸にするよ。あなた達の“親”にあたる身としては、黙って見過ごすわけにいかないな」
言いたいだけ言ってから、改めてハヌマの中へと分け入ってみる。そうしてマリアは確信した。
「ハヌマさん……ううん、ヒロトさん。“ヘクセ”の始まりは、あなたなんだね」
――ツカサさん。知ってますか? 俺達がモルモットだってこと……
最初は何の気もなく話しかけただけだった。ツカサがSPMであることも、その頃はまだ知らなかった。
自身が事実を知ったきっかけは、両親。
父親は力の弱いSPMだったらしい。そのことについてあまり詳しくは教えてもらえなかったが、ふとした拍子にいろいろな話が耳にはいるのは仕方のないことだった。
自分達は普通ではない。
「普通」よりも多く制約を課されている。
納得いかなかった。その思いを誰かと共有したかった。
不満を吐き出す相手に、まずツカサを選んだのは――本当にただの偶然だった。
「それで、同じく境遇に不満を持ってたツカサさんを決定的に揺さぶってしまったわけだ。なんというか……因果だねぇ」
マリアは軽く笑った。笑いながら顔をしかめた。
もう、時間がない。




