November 30 (Fri.) -3-
雪を踏む足音が遠ざかり、少し経って。
おもむろにアンジュが伸ばしかけた手を、クリスがさっと押さえた。
「詩織ちゃんがいない間に始末しよう、とか――思ってないよね、“お姉ちゃん”?」
アンジュはちらりとだけクリスを見た。
「あなたこそ、どうして急に?」
「ん? ああ。さすがにちょっと驚いちゃったみたい。話には聞いてたけど、実際に会うのは初めてだったし」
それを聞いたアンジュは、改めて、ため息混じりに視線を移した。
「詩織ちゃんが気づいてしまうかと思って、ハラハラしたじゃないの」
「平気平気。人を疑うような子じゃないから。あ、これ、けなしてるんだよ?」
「でしょうね」
「まぁそれはひとまず置いといて」
クリスは青年に顔を近づけた。小さな指が、ナイフの突き立つ肩をなぞる。
ややあって、口の端がにっと上がった。
「これ刺してないね。“刺さって”る」
「どういうこと?」
「刃が“進入”した跡がないってこと」
妙に楽しげなクリスは、上目遣いにアンジュを見上げた。
その瞳が街灯の光を映したように、キラキラと光っている。
「最初から埋まってたような状態っていうか。普通じゃありえないね。ちょっとオカルトっぽい感じかな?」
「……!」
「それでもけっこう痛かったろうけど、下手に抜こうとしなかったのは正解。抜いたら傷を広げるだけだったと思うよ」
クリスは無造作に、ナイフの柄をつかんだ。
「じゃあこれ、今のうちに出しちゃおっか」
ふっと短く息を吐き、クリスは目を閉じる。
間をおかず「トスッ」と小さな音がした。ナイフはクリスの手の中にはなく、いつの間にか雪の上に落ちている。
「うん。久々のわりにうまくいった」
手を握って開いて、クリスは得意げに言った。ナイフはアンジュが拾い上げる。そこにクリスがすり寄った。
「ね。彼、もちろん連れてってくれるんでしょ?」
アンジュは苦笑とともにうなずいた。
「あなたが望むのなら。私が断れるはずがないわ」
「ありがと、“お姉ちゃん”!」
手を伸ばしてアンジュと青年の身体に積もる雪を払ってから、クリスは天使のような笑顔で小首をかしげた。
「さてと。とりあえず一段落したことだし……もうそろそろ、“クリス”に返さなくっちゃね?」
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お父さんへ
お食事に行って来ました。
おいしかったです。どうもありがとう。
帰りに、ちょっとびっくりしたことがありました。
落ち着いたらくわしいことを書きます。
詩織
'57.11.30(Fri.) PM11:23
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