December 18 (Tue.) -10-
ハヌマはとっさに身を引いた。ワイヤーは届かず床に落ちかかり、再びタナトの手元へ戻っていく。その時。
「兄貴!?」
背後からリョウの声と、走ってくる足音が聞こえた。間をおかずにアンジュの声が続く。
「私が相手よ」
「リョウ! 黒井アンジュは足を負傷している! 仕留めろ!」
いいところへ来てくれた。リョウがアンジュの足止めをしてくれれば、自分はタナトに集中できる。タナトとの1対1ならば、勝てる。
一瞬で思考して強く床を蹴った。
ワイヤーの動きさえ見切れば恐れる相手ではない。まずは避けるためのスペースを確保する。そのためには、広間へ。
「待て、ハヌマ!!」
思惑通りにリョウが追いかけてくる。玄関ホールまでは遠くない。歩数にして、あと3歩。
「!」
殺気を感じ前へと飛び込む。頭上を銀色がかすめていった。
追撃を警戒し即座に身を起こす。
そうして目にしたのは、鬼気迫る形相のタナトと――
「はい。そこまで」
その頭上にふわりと浮き上がったマリアだった。マリアはそのまま、タナトに突撃した。
不意をつかれたタナトはつんのめるように前へ倒れた。ハヌマもつかの間あっけにとられ、はっとして気を引き締める。
マリアはやはり、こちらを見てはいなかった。タナトの背に馬乗りのまま、にっと不敵に笑ったのがわかった。
* * * * *
『――次のニュースです。先日ショッピングセンターの4階から転落し、意識不明の重体となっていた鈴木元議員が、今日昼過ぎ、入院先の病院で死亡しました。現場の状況に不自然な点が多かったことから、警察はなんらかの事件に巻き込まれたものと見て、捜査を――』
牧田医師の車には古いタイプのラジオがついていた。そこから流れてきた不穏な単語に、詩織はぴくりと顔を上げた。
「あーあれな。結局ダメだったか。ここんとこ妙な事件がいろいろで、物騒だよな」
くわしい事情を知らない牧田医師に、詩織は黙ってうなずくだけにしておいた。
相川邸までは、もうすぐだ。
* * * * *
マリアはぐっとタナトの両腕を押さえつけ、意識を集中させた。彼の記憶をのぞきこむのは比較的簡単だった。
――はじめまして、ヨウスケ君。
ツカサに出会ったのはそれほど前のことではない。場所は研究所。SPP訓練がうまくいかず、半ば投げやりになっていた頃だった。
電気に関わるSPPの素養は成長してから突然現れた。それ以来親に怪我をさせてしまったり家電を壊したり、いいことなどないように思う。研究所では「うまく“力”とつきあえるようになれば大丈夫」と言われたものの、なかなか慣れることができず、次第に鬱屈が溜まっていった。研究所職員に八つ当たりをしたりもした。
そんなところへ、ツカサはふらりとやってきた。
――焦ることはないよ。君にもきっとできる。
よかったら、僕がコツを教えてあげようか……?
それからというもの、研究所での訓練とは別に、ツカサからも教えを受けるようになった。それまでまるでうまくいかなかったSPPの発現と制御が、嘘のように楽にこなせるようになった。
ツカサのおかげで今の自分がある。
だから今度は、自分が、ツカサのために――
「……ふうん。そうなの」
ここまでを一瞬で読みとって、マリアは思わずくすりと笑った。
「本当に好きなんだね。じゃああなたのことは、ツカサさんに任せちゃえばいっか?」
「何を言ってる!」
タナトが身体をひねって逃れようとした。と同時にマリアは力を抜いた。勢いでタナトが仰向けになる。その頬を両手でがしっと押さえ、マリアは間近に目を合わせた。
同じ金色の瞳。それは同じ血統の証。
けれど、だからこそ容赦はしない。
「なっ……!?」
干渉する。彼の精神の奥まで手を伸ばす。
「あたしがしてあげられるのは、ここまでだけどね」
中の一部をつかんで握りつぶすイメージ。
びくりと痙攣したタナトは、そのままゆっくりと意識を落とした。これでもう彼はSPPを発動できない。
これ以上、“力”に振り回されることもないだろう。
「ふう。……さてと」
そしてマリアは立ち上がる。
顔を上げると、ハヌマは緊張の面もちで身構えていた。
マリアは鋭くそれを見返した。
「うふふ。待たせてごめんね。今度は――あなたの番だよ」




