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-BLACK MARIA-  作者: 高砂イサミ
11th episode
57/66

December 18 (Tue.) -8-


 ほんの一瞬、意識が飛んだ。しかし頬をたたかれる感触ですぐに目が覚めた。

「生きてるか」

「ああ……残念ながら」

 上からのぞきこんできた弟に軽口を返す。耳にストレッチャーの車輪の音がよみがえった。軽い振動が身体に伝わってくる。

 ツカサは視線を動かし、ストレッチャーのかたわらにつき添う面々を追った。

「ツカサ君! しっかりしてね!」

「もう処置室の準備はできているそうだ!」

 アズマ、そしてヤマの他に、白衣の女性と男性が1人ずつ。離れた場所でもあわただしく動き回る人の気配を感じる。

「もう……! 何があったかよくわからないけれど! あとで全部きっちり説明してもらいますからね!」

 白衣を着ているのは研究所の職員達だ。皆流暢なニホン語をしゃべっているが、顔立ちはニホン人のものではない。ほとんどの職員は海外から来ているのだ。そしてその目的から、医療専門科も多くいる。

 『計画』を実行以来、彼らには暗示をかけて地下にこもらせ、この施設の維持管理を任せていた。

 その暗示を解いてツカサの処置を任せられないか。提案したのはアズマだった。

「……ヤマ」

「だいじょうぶだよ。安定してる」

 加えてアズマとヤマが、ここまでできるとは予想外だった。

 アズマの手はツカサの身体の上に置かれ、ヤマは同じ場所を注視している。ヤマが出血部分の状態を“見て”アズマに指示を出し、アズマが生体に影響を与える“左手”で患部を直接圧迫し止血しているらしい。こんな連携は初めてだろうに、自分がまだ生きているからには、問題なく機能しているようだ。

 それにしてもと、ツカサは軽く苦笑した。

「お前は行かなくて、良かったのか」

 相川詩織と牧田医師の姿はない。今頃は車で相川邸へと向かっているはずだ。

 そして相川邸には、ハヌマ率いる“ヘクセ”がとうに到着しているだろう。

「黒井マリア……今度こそ、本気のようだぞ」

 ツカサは電話越しに、マリアの決意を感じ取った。おそらくアズマも察してはいるはずだ。なぜ彼女はこちらへ向かわず、相川邸に残ったかを。

 しかしアズマは静かに首を振った。

「あんたが落ち着いてからでいい」

「間に合わないかもしれない」

「行っても、俺じゃあいつを止められない。……止められるとしたら……」

 そこで言いやめる。見上げると、アズマはどこかあさっての方を向いていた。

 ――思い出した。

 幼い頃の弟は、きまりの悪いことがあるとこうやって顔を見せないようにしていた。

 どうやらすっかり忘れていたようだ。わざわざ心をこじ開けてのぞこうとしなくても、これくらいのことはわかる。理解することができる。いつからか、自分がやろうとしなくなっただけで。

「そうか。……信用しているんだな」

 ついからかうような口調になった。アズマの手に少し力がこもった。

「そろそろ黙れ。消耗する」

「ツカサ、処置室だよ!」

 ヤマがかすれた声で叫んだ。だいぶ疲れている様子だ。申し訳ないような気分と共にツカサは目を閉じた。

 人に任せることには慣れていないが、これ以上、ここで自分ができることはない。すべきでもないだろう。

「……ツカサ?」

 なぜかいつになく凪いだ心持ちだった。思えばこの何年か、穏やかに眠れたことはなかったかもしれない。

 そんなことをぼんやりと思い返しながら、ツカサは襲い来る闇の中へと、意識を手放した。



            * * * * *



 屋敷内は静かだった。ここへきて、いまだに静かすぎる。

 ハヌマはふとふり返った。

「トリト」

 少し前に、すぐうしろにいたのを確認したはずだ。にも関わらずトリトは影さえ見あたらない。

 そう認識した瞬間からハヌマは1階奥を目指した。周囲に気を配りつつ足早に進む。するとすぐに、廊下の奥から来たタナトと行き会った。タナトは普段通りの無表情ながら、困惑しているようだった。

「ハヌマ。シバが消えた」

「なんだと」

「急にいなくなった。危険と判断する」

「……こちらもトリトが見えない」

 ハヌマは眉根を寄せる。タナトの言うとおり、芳しい状況ではなさそうだ。

 しかし。

「止まるわけにはいかない。最後に黒井マリアを獲れば我々の勝ちだ」


「あら――私を忘れないでくれる?」


 声と殺気が降ってきた。

 ハヌマは反射的にうしろへ跳んだ。同じく退避したタナトとの間に、音もなく影が落ちる。

「黒井アンジュ!」

「残るは、3人」

 アンジュがぐっと身を沈めた。突撃に備え防御態勢をとったハヌマの目前で、アンジュは視線と逆、後方へ跳んだ。

「!」

 タナトが横に転がって避けた場所へ、容赦のないこぶしがめりこんだ。赤い絨毯の下で床板がばきばきと音を立てた。

「残念、アシヤさんよりは動けるようね」

 アンジュはリズミカルにステップを踏み、2人から距離をとった。ハヌマはアンジュを目で追いながら身構えた。

「3人だと」

「ええ。あなた方2人とリョウさんだけ。他はもう処理済みよ。門の外で待機していたノーマル組も含めてね」

「何をした」

「あなたが知るひつようはないと思うわ」

 アンジュは低い姿勢で、含むように微笑した。ハヌマは静かに息を吐いた。

「やはり、厄介な女だ」

「褒めてくれているのよね? ありがとう」

「だが」

 今度はハヌマから仕掛ける。アンジュのスピードで先手を取られてはいいように振り回されてしまう。

 まず殺すべきは、機動力だ。


「ここで――仕留める」



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