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-BLACK MARIA-  作者: 高砂イサミ
10th episode
54/66

December 18 (Tue.) -5-


 アズマと目が合った。表情は読めない。肯定か否定か、まだわからない。

「言ってましたよね、左手、“生きてるものに影響を与える”って。それなら、血を止めることだって」

「できない」

 アズマが静かに言った。ヤマがぱっとふり返り、アズマに責めるまなざしを向ける。

「僕はお前の能力を知ってる! 本当はやれるんじゃないのか!?」

「できない……無理だ」

「アズマさん――」

「“左手”は視覚と連動する。見えないと、使えない」

 うっとうめいて、ヤマが口をつぐんだ。

 同時に、詩織はアズマに向き直った。


「見えれば……できますか?」


 できるはずだという確信はあった。最後の問題さえクリアできれば。

 ただし、それはアズマ自身の心の問題で、1番の難関かもしれなかった。

「“目”なら、あります。どういう風にしたらいいか、教えてくれる人も。あとはアズマさんが、“できる”かどうか――だと、思います」

「……」

 アズマは眉を寄せて目を伏せた。

 やはり迷いが見える。アズマにとって血の繋がった実の兄は、同時にずっと虐待を受けていた相手で。はたしてそれを、助けたいと思えるだろうか。

「君が、それを言うんだね。相川詩織さん」

 つかの間の沈黙を破ったのはツカサだった。詩織はツカサに視線を移す。目を閉じたままのツカサは、かすかに笑っているようだった。

「僕がしたことは、知っているんだろう」

「……はい。でも」

「できないなら、それでいい……弟も……もう、自由になりたいはずだ……」

 ふ、とツカサが息を吐いた。詩織は思わず小さく身震いした。

 こうしているといやでも思い出してしまう。母が、亡くなった時のことを。

「おいこら! お前! しっかりしやがれ!!」

 牧田医師が怒鳴っている。詩織は両手で胸をおさえた。気分が、悪い。

「あ……」

 一瞬だけ意識が遠のいて、身体がうしろに傾きかけた。

 倒れる、と思ったとき。

 耳元で静かな声がした。

「大丈夫か」

 気がつけばアズマに肩を支えられていた。顔を仰向けてみると、アズマは詩織ではなく、ツカサの方を見ていた。

「アズマ、さん」

「ツカサ」

 アズマは少し強引に、詩織を床に座らせた。そして。


「3人を“繋いで”くれ。……やってみる」


 言いながら牧田医師に歩み寄った。ツカサが薄く目を開く。その横に膝をつき、険しい顔の医師に頭を下げた。

「たのみがあります。今から俺は先生の道具になる。そしてこいつが、先生の“目”になる。使ってください」

「は!? 何わけのわからんこと言ってんだ!」

「ツカサ、ヤマ」

 ヤマが床に両手をつき、金の眼を大きく開いた。と思いきや、牧田医師がバネ仕掛けのように立ち上がった。

「なっ、なんだこりゃ!?」

「ヤマには見える。ツカサがそれを共有させる。俺は出血部を直接押さえられる。指示してください。説明はあとで、必ず」

「……ええい!」

 牧田医師は目を細めてツカサの腹部を見据えた。理解するのはあきらめて、治療に専念してくれるようだ。

「なら、視界、もう少し体幹側に動かせるか」

「体幹って?」

「心臓のある方に。ゆっくりと移動だ」

「ツカサ。俺はまだ繋がってない」

 アズマが言うと、ツカサがかすかに首を振った。

「言ったことは、なかったか。僕はお前にだけは……干渉、できない」

 怪訝そうに眉をひそめたアズマは、しかしすぐに切り替える。

「ヤマ、“左手”を捉えられるか」

「できるよ! 視覚化する!」

「お、おおっ」

 牧田医師が声を上げる。どんな風に見えたのかはわからないが、「信じられない」という風に強く頭を振ったので、きっと非現実的なものが映ったに違いない。

「俺には見えない。誘導たのみます」

「……奥。あと3センチ奥だ。よし、そのまま、もう2センチ、左に――」


「アズマ……どうして……?」


 ツカサが虚ろにつぶやいた。アズマはちらりとだけ、ツカサの顔を見た。

「あんたに、死んでほしいわけじゃない」

「……」

「集中する。黙ってろ」

「――そこだ!」

 医師の鋭い声と共に、ツカサの身体がびくりと痙攣した。医師が興奮気味にアズマの肩をはたいた。

「よくやった! そのまま押さえててくれ。病院へ直行するぞ!」

「このまま、って」

 ヤマが不安げな顔になった。アズマと金色の目を見交わす。うなずいたアズマのひたいには、うっすらと汗が浮いていた。詩織もふと思い出す。SPMを使い続けると、気力も体力もひどく消耗するらしい、と。

「問題ない」

「……わかった。僕もがんばる」

「ツカサ、立てるか」

 医師とアズマが両脇からツカサを支えた。詩織も急いで膝を払い、立ち上がった。

 その時だった。


 ――シオリ、ちゃん――


 詩織は思わず息を呑んだ。心の中で響くような声。今はあまりはっきりしないが、ツカサの支配を受けたときと同じ聞こえ方だ。

 しかし、この声は。

「……クリスちゃん……!?」

 とっさにその名前が口をついて出た。

 次の瞬間。“声”は、くっきりと輪郭を持った。


『シオリちゃん! お願い――お姉ちゃんを助けて!』


 悲痛な響きは、詩織の胸を深く突き刺し、消えていった。



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