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-BLACK MARIA-  作者: 高砂イサミ
10th episode
53/66

December 18 (Tue.) -4-


 灯りが、すべて消えていた。

 目の前にそびえる研究所の影はどこか寒々しく感じられた。アズマの指示で門の前まで来ると、医師は車で強引に間を突破した。がりがりといういやな音がした。詩織はそれを、耳をふさいで聞かなかったことにする。

 ヘッドライトはつけたまま、建物近くで車を降りた。

「どっちだ」

「ツカサが使ってた個室なら……」

 中へ入る。手探りながらも慣れた様子で廊下の電灯をつけたアズマが、小走りに廊下を進む。詩織も牧田医師とあとを追った。牧田医師は金属のトランクを抱えていた。

 訓練室とは逆方向。個室が並ぶ一帯の一番奥。

 扉の前でアズマは立ち止まった。中からすすり泣く声が聞こえる。手を伸ばしかけ、しかしそこで動きを止めてしまったアズマに代わり、医師が勢いよく扉を引いた。

「おい! どうした!」

「あ……」

 ふり返ったのはパーカー姿の少年だった。詩織も一度会ったことがある。

「えと、ヤマ、さん――」

「助けて! お願いだ、ツカサを助けてよ!」

「坊主。そこどけ」

 牧田医師が大股に踏み込む。ヤマは素直に場所を譲った。

 そのヤマをよく見ると、パーカーの脇腹の辺りがどす黒く染まっていた。

「……!」

 不意にアズマの手が詩織の目をふさいだ。音だけが状況を伝えてくる。牧田医師の固い声と涙混じりのヤマの声。そして。

「刺されたんだ! あいつに! ハヌマに!」

「意識はあるんだな?」

「……まだ、なんとか……」

 ツカサの返事も聞こえた。しかしよく聞き取れないほど小さい。詩織は足が竦んで動けなかった。視界がなくなる寸前に見えた、床を汚す赤い色が、じわじわと心の中に広がりだす。

「しかし出血が……こりゃまずいぞ。すぐにでも設備のある病院で処置しろってレベルだ」

 がちゃがちゃという金属音。トランクのふたを開けた気配がする。

「とにかく、応急処置だ」

「――どうしても病院に行かなきゃダメなのか?」

 不安そうに言ったのはヤマだ。牧田医師の動きが、一瞬止まった。

「どういうことだ」

「俺達には、国民コードがない。病院に行ったところで治療を受けさせてもらえるんだろうか」

 アズマがやっと口を開いた。詩織の目から手がはずれる。医師は眉をひそめつつ右手にゴム手袋を着けるところだった。

「そんなのはおれがなんとかしてやる。いざとなりゃ相川になんとかさせる! いいから救急を呼べ!」

 牧田医師はポケットからe-phoneを出して放り投げた。詩織があたふたとキャッチしたのを見届けると、手早くツカサの服をたくし上げ、手でぐっと腹部をおさえる。ツカサがうめいた。ヤマが息を呑み、のろのろとその場にしゃがみ込んだ。

「しかし病院以前に、出血が止まらねぇと……!」

「な、中から、血が出てるから?」

「ああ。下手すりゃ血管か、内臓か。ああ、くそ。」

 悪態をつく医師の向こうから、ふと、ツカサがこちらを見た。

 深く影の落ちた顔が歪む。自嘲の色の濃い笑みだった。


「僕は……お前の目の前で、死ぬのかな」


 詩織は思わずアズマを見上げた。アズマは何も言わない。ただ、とても苦しそうな表情に見えた。

「仕方のないこと、かな」

「何言ってる! とりあえず踏ん張れ!」

 医師が腹立たしげに叱咤した。しかし、ツカサは力なく目を閉じてしまう。

「僕はもう、いい……ヤマが……無事なら……」


  ――すまない。助けてくれないか、ヤマを――


 通話の最後にツカサはそう言った。見る限りヤマはそれほど弱っていないようだが、それでも自分より、ヤマを優先してほしいと。

「僕はちょっと刺さっただけで、びっくりして気絶してただけだよ! ツカサのが重傷だって、はじめからわかってたじゃないか!」

「そう、だったかな」

「ヘンなこと言うなよツカサ……いやだよ……」

 ヤマが牧田医師にすがりついた。

「あんた医者なんだろ、なんとかしてくれよ!」

 医師は渋く眉間にしわを作る。ツカサの状態は、やはり厳しいようだ。

「“中”の出血部は、CT撮るか切らなきゃわからん。さすがに開腹するほどの道具は持ってきてねぇんだよ。第一から、こんなとこでの処置じゃ滅菌が充分にできねぇ」

「そんな!」

「……手」

 詩織はつぶやいた。

 頭の中がせわしなく回転する。今日までこの目で見てきたこと。聞いたこと。それから、ツカサとつながっていた間に流れ込んだ記憶の断片。

 それを全部ひっぱり出して考えた結果、それしかないと詩織は思った。


「アズマさん。アズマさんの“左手”で、血……止められませんか?」



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