December 18 (Tue.) -3-
ハヌマの表情がさらにきつくなった。空を睨んで口を開く。
「どこにいる」
――さあ、どこでしょー?
くすくすと笑う気配。それは脳内に直接響いてくるようだった。ツカサの“声”を聞く時と同じ感覚だ。ツカサと同じく、マリアも精神感応系の能力を持っていて、他者を操ることさえ可能だと聞いた。注意が必要だ。
――そうそう気をつけるんだよ? 油断してたら精神を乗っ取っちゃうよ?
なーんて、ね!
「笑うな」
ハヌマが苛立っているのがわかった。思考を読まれたと悟ったシンはあわてて立ち上がる。
その間にも“声”は続いた。
――何度もヒトの家に踏み込んでおいて、その態度はないでしょー。
言っとくけどね。あたしだってそれなりに頭来てるんだからね、いろいろと。
ちょっと本気でいくから、覚悟しててよね?
マリアの口調は軽く、本気なのか冗談なのかわからない。
この内容を冗談で言っているなら、それはそれで怖いような気もするが。
――ってわけで。今から始めようか、“鬼ごっこ”の続き。
今度はそっちが見つけに来てよ。鬼のお仲間は返すからさ。
どういう意味だ、とハヌマは言おうとしたのだろう。しかしその前に息を呑み、1歩前へ出る。
「シバ、ユノ」
「えっ」
「……ハヌマ?」
聞き慣れた声が闇の向こうから届いた。目を細めてよく見ると、2つの人影がたよりなげに歩いてくる。トリトがはっとしたように駆けだし、シンも思わず後を追った。
「2人とも無事でしたか!」
「お、おう」
「トリト……すみません。ご心配をおかけして……」
戸惑ったようなユノと恐縮するシバ。シンはがらの悪いユノが苦手だが、それでも心配はしていた。帰ってきてくれて心底ほっとした。
「怪我はありませんか」
「平気だって。触んなトリト」
「僕も大丈夫です。手当は、されたようなので……」
「何を考えている、黒井マリア」
2人の安否よりも先にハヌマが問う。するとマリアの声から、すっと熱が引いた。
――こうなるとほんっと、手に負えないよねぇ。
ツカサさんの意志で統一されてた時はまだかわいげがあったってのに。
柱だったはずのツカサさんを切り捨てた今となっちゃ、あんた達は
理念もなにもなく突っ走るただの暴走集団だ。
祖である“黒川麻里”の分身として、放っておけないな。
息を継ぐように、一呼吸分の間。そして。
――BLACK MARIAって知ってる? まあ知らないかな?
ブラック・マリア。――黒井マリア。
シンの頭の中ですんなりと2つが結びついたものの、何が言いたいのかまだわからない。それこそ何かの言葉遊びとしか。
――“マリア”は研究所にもらった名前。名字は自分で考えた。
黒川麻里から一文字もらって。
あの時は冗談のつもりだったんだけど、もしかしたら……
こうなることを予見してたのかもしれないね。
ふふ、我ながら自分の才能がこわいなぁ?
わからない。理解できない。
だからシンは、ふと別のことが気になってしまった。
ツカサを『切り捨てた』とはなんのことだ。一体何を言っているのか。
――真実を、知りたいのなら。早くあたしのところにおいで――
シンはびくりと肩を震わせた。耳元でささやかれたような感覚。ぱっと他の面々を見ると、目の合ったユノに怪訝な顔をされた。
「んだよ。何見てんだ」
聞こえなかったのか。自分だけに、聞こえたのだろうか。
そう思ったところで、ハヌマがガンッと建物の壁をたたいた。その振動は離れて立つシンにまで伝わってきた。
「ふざけるな」
――ふざけてないよ? 言っとくけどこれ、最後通牒だから。
こっちでもあんた達を見極めさせてもらう。
それで改善の余地なしってことだったら――
ここで、“排除”するよ。
ざわりと空気が波立った。ハヌマとリョウの兄弟からは怒りの気配が感じられる。しかし、トリトやシバは戸惑いの色を隠せていない。
――あんた達だってあたしが邪魔でしょ? この際存分に潰し合おうじゃない。
さあ。鬼さんこちら!
一方的な宣言と共にふつりと気配がとぎれた。
ハヌマが動いた。今度は堂々と、屋敷の入り口へ向かって歩き出す。そこへ影のようにつき従うリョウとタナト。他はシンを含め、互いに顔を見合わせた。
「何をしている。来い」
ふり返りもせずハヌマが言った。脅迫的な声音に、シン達も動かざるをえなかった。
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