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-BLACK MARIA-  作者: 高砂イサミ
10th episode
50/66

December 18 (Tue.) -1-


 車のテールランプは見る間に闇の向こうへと消えていった。相川家の玄関からそれを見送ったアンジュは、ふとマリアを見下ろした。

「マリア……」

「言いたいことはわかるけど」

 マリアは斜めにアンジュを見上げ、猫っぽく目を細めた。

「もう長くはもたないし。残りは好きなように使わせてよ」

 アンジュはわずかに眉根を寄せた。

「そんなこと、聞きたくないわ」

「ん?」

 マリアは「珍しいものを見た」という顔でぱちぱちと瞬いた。うつむき気味のアンジュはとても悲しげだ。


 ――おねえちゃん――


 そう呼ばれていた頃をふと思い出し、マリアはくすりと笑った。それからアンジュの背を軽くたたく。

「ごめんね」

 アンジュはもう何も言わず、小さくうなずいただけだった。



            * * * * *



 牧田医師の運転する車は、またあの研究所へと向かっている。

 詩織は横目にアズマの様子をうかがった。一見いつもと同じように静かに座っているだけだが、握り合わせた手には力が入っている。

 何も言えずにまた前を見たところで、牧田医師とバックミラー越しに目が合った。医師は渋い顔で軽く頭を振った。

「ほんっとうによくわからんのだが……電話の様子からして、急を要するのは確からしいからな。ただしだ。これは別料金にしとくからな?」

「は、はいっ」

「おい。大丈夫か、坊主」

 少し強くなった医師の口調に、アズマがぴくりと顔を上げる。しかし返事はなく、またすぐに視線を落としてしまう。医師が音を立ててハンドルをたたいた。

「状況が定かでないうちは気を揉んでも仕方ねぇ。まずは向こうに着いてからだ。てか黒井・妹もそれなりに気になるんだがな、おれは……」

「マリアさん、ですか」

 詩織は屋敷を出る直前を思い出す。

 自分は行けない、とマリアは言った。まだ身体が本調子ではない。長時間の乗車はつらいので、アンジュと一緒に帰りを待っていると。

 何か、大事なことを隠していそうな雰囲気だった。そしてそれを聞いてほしくなさそうだった。

 だから詩織は、何も聞かないことにした。

「――なあ嬢ちゃん。まぁたなんだかおりこうさんなこと考えてねえか?」

 車体が大きく揺れて身体が傾いた。医師の運転は、らしいというか、非常に豪快だ。貴島とはだいぶ違う。詩織の父とも。

「え……?」

「お前さんな、おれから見りゃあ気を遣いすぎだ。それが悪いってんじゃねえぞ。ただ、たまには言いたいこと言ってみてもいいんじゃねえかってな。あの2人に対しても親父に対しても。どーんと本音でぶつかった方がいい時もある」

「え、でも」

「無理はしなくていいが、てか、おれが言えた義理でもないかもしれんが」

 詩織は口をつぐむ。そんな風に考えたことはなかった。自分よりもひとを優先するのが当たり前で。それを逆転させるにはどうすればいいかよくわからない。

 そんな気配を察したようで、医師は大きなため息をついた。


「あのな。お前ら、家族なんだろうが。それくらいしたところでバチはあたらんだろうさ」


 詩織はドキリとした。気がつけばぶんぶんと首を振っていた。

「違います……だってアンジュさん達とは、血もつながってない、し」

 すると医師は、ちらりとだけこちらを見返った。

「血のつながりのない親子だの義理の兄弟姉妹だのが、他にいないと思ってんのか? 逆に血縁どうしがうまくいってない家庭だって五万とある。そこは問題じゃねえと思うんだがなあ」

「……俺もそう思う」

 不意にアズマの声が聞こえ、詩織の心臓は思いきり跳ねた。

「え、あの」

「あんた達を見ていると、時々うらやましい」

「え……えっ」

「お前さんらは“家族”だよ。少なくとも黒井・妹はそう思ってるみてえだぜ。自信持ちな」

 徐々に、身体が熱くなっていった。

 本当だろうか。アンジュとマリアと、家族だと言っていいのだろうか。

 だとしたら。どんなに。

「さあて、こっからは飛ばすぞ、お前ら!」

 いつの間にか車は国道を抜けて、細い砂利道にさしかかっていた。

 スピードが上がったのが体感でわかる。身体が浮き上がるような感覚。

 こんな時だというのにそれが心地よくて、詩織はつい頬をゆるませてしまった。あわてて手で顔を押さえると、アズマが視線だけこちらに向けた。

 気のせいなのかもしれないが、視線は少しだけ、優しげに思えた。



            * * * * *



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