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-BLACK MARIA-  作者: 高砂イサミ
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December 17 (Mon.) pm. -3-


「で、だ。別に全部を話せとは言わねぇ。だがどういう経緯でそんな怪我をしたかは医者として聞いておかなくちゃならねぇんだ」

 場所は1階の応接室。仁王立ちになり腕組みしている牧田医師の前で、詩織達4人は床に正座をさせられていた。

 部屋に入るなり「お前らちょっと、そこ座れ」と言った時の医師の顔を、詩織はしばらく忘れられそうになかった。

「わかるな?」

「そうは言ってもね。センセに話せることって、ほとんどないんだけどなー」

 あっけらかんと答えたのはマリアだった。医師の目つきがさらに悪くなっても知らん顔だ。詩織は口をはさめないので、がまんして黙っている。黒井姉妹とアズマがどこまでを話していいと判断するか。それに従うべきだと思う。

「そんなに厄介な件だってのか」

「そ。いろーんな意味で厄介だよ。センセも下手に首つっこむと、後悔するかもよ?」

 マリアが上目遣いに、挑戦的に牧田医師を見た。

 すると医師は両手を腰に当てた。ぐっと背筋をのばし、高らかに宣言する。


「後悔するかどうかは知らん! したなら聞いたおれの責任だ。だがおれはお前らが心配なんだ! 文句あるか!」


 反射的に、詩織はマリアを見た。マリアはきょとんと目を見開いたところだったが、やがてゆっくりと、笑顔が広がっていった。

「なんか牧田センセって、お父さんみたいだね!」

「あん?」

「“父親”っての、あたしは本で読んだ知識でしか知らないけど。心配してくれてるのがわかってれば、怒られるのも悪くないや。うん、悪くない」

「お……おう?」

 牧田医師は困惑気味に、少し顔を赤くする。それからおおげさに咳払いをして、詩織に目を向けた。

「おれだって独身だ。その辺はよくわからん! にしても相川のやつ……子供も一大事らしいって時に、海外なんて行きやがって」

「あ、それは……大事なお仕事なので……」

 詩織がつい口をはさむと、牧田医師は大きくため息をついた。

「家族ってのはそういうもんか? おれはそうは思わんがな。てぇかあいつ、娘が産まれたって言った時ゃ、あんなに喜んでやがったくせに……」

「あ、あの」

 これだけは詩織の問題だった。一瞬ためらったものの、詩織は先を続けた。


「わたし。……お父さんの、本当の子供じゃないんです」


 牧田医師とアズマが、同じように目を見張った。

 少し長めの沈黙があった。

「あ、ええと。戸籍では本当に親子です。だけど、あの――」

「AID。“非配偶者間体外受精児”ね」

 マリアが横向きに身を乗り出してきた。詩織はこくこくとうなずいた。難しい用語を説明してくれるのはありがたい。

「許可を得て、バンクから精子をもらって、で産まれた子供ってこと。今のニホンでは合法でしょ。だけど詩織ちゃんは、遺伝的には先生の子じゃない、血のつながりもないってわけ。いくら同意の上での処置だったって言っても微妙な問題だからさ。心理的に壁ができちゃう人がいてもしょうがないんだよねー」

「そうだったのか!?」

 詩織は医師にうなずいて見せた。

 自身がそれを知ったのは、母が亡くなる直前のことだった。母から聞かされて、ああそうだったのかといろいろなことに納得がいったものだ。父がいっしょに住んでいないこと、滅多に詩織達の前に現れないこと。そして父が詩織を見る、あの目。

「なんだか悪いこと、聞いちまったみてぇだな……」

 牧田医師がばつの悪い顔で頭をかいた。詩織は手と首を同時に振った。

「だいじょうぶ、です。まだお父さんのこと、お父さんって呼べるから」

「……うん? なんだって?」

「だからいいんです。今は、それだけで」

 母が亡くなったあとに1度だけ聞いたことがあった。

 『もう“お父さん”って、呼ばない方がいいですか?』と。

 父はただ、好きにするといい、と言った。だからまだ「お父さん」と呼んでいる。できるだけ遠いところから。

 急にマリアの手がのびてきた。わしゃわしゃと頭をなでられて、詩織はぽかんとしてしまった。

「な、なんですか……?」

「そういうの、詩織ちゃんのいいとこで、悪いとこだよねぇ」

「あ……あの」

「うっふふ。ちょっとバカみたいだけど、キライじゃないよ?」

 ほめられているのか貶されているのかなんだかよくわからなかった。

 そこへ牧田医師が強引に割り込んだ。

「あーとにかくだ。お前ら今後、ひとに心配駆けるようなことはするんじゃねぇぞ! 特にお前! いつもいつもどうしてそういうことになるんだ! もちっと自分の身体を大事にしやがれ!」

 今度は矛先がアズマに向いた。怒鳴られた本人は動じた風もなかったが、詩織はあわてて医師を止めようとした。

 その時だった。詩織のポケットでコール音が鳴り響いた。父のe-phoneだ。詩織は急いでふたを開き、通話相手の番号を確認した。

 そしてそのまま固まった。

「どうしたの、詩織ちゃん?」

 両側からマリアとアンジュがのぞき込んできた。

 液晶画面には、登録番号と名前が表示されていた。


 “詩織”


「わたしの番号、みたいです。どうして……」

「貸して」

 マリアがe-phoneをひったくり、迷わず通話とスピーカーのボタンを押した。これで先方の声が詩織達にも聞こえる。

「もしもし?」

 マリアが応答する横で、アンジュが牧田医師に向かって「静かに」とひとさし指を立てた。詩織もぱっと手で口を覆う。アズマがわずかに身を乗り出した。

 一呼吸分ほど間を置いて。

 通話口から、どこか弱々しい声が聞こえてきた。

『その声は……黒井マリアさん、かな』

 ツカサだ。アンジュとアズマが一瞬殺気立ったが、マリアが手を上げて制した。

「あなたがそれを持ってたわけね。どう使うつもりだったんだか。で、今度はなんの用……」

 マリアはそこで急に真顔になり、言い直した。

「ちょっと。何があったの」

『……君にこんなことを、言うのも……おかしな話とは思うが』

 ただならぬ雰囲気だった。ツカサは詩織にもはっきりとわかるほど苦しそうだった。

 マリアがアンジュに目で合図を送る。アズマが黙ったまま、しかし緊張の面もちで腰を浮かせる。何か察したらしい牧田医師も近くまで寄ってきた。

 そんな中でツカサは、ほとんど消え入りそうな、最後の一言を絞り出した。


『すまない。……助けてくれないか』



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