December 17 (Mon.) pm. -2-
いつもの訓練室ではなく、以前は診察室として使われていた部屋で、ツカサはじっと目を閉じていた。
ふとデスクの上で指を組み替えたとき、控えめなノック音がした。ツカサは姿勢はそのままに、重い口を開いた。
「ヤマ。すまないが、今は1人にしてくれないか」
「で、でも」
「もうしばらくしたら行く。ハヌマにはそう伝えて――」
ドアの外の気配が変わった。あまり穏やかではない足音に続き、大きな音を立ててドアが開く。もともと鍵のない部屋だ。
「どうしたハヌマ」
「あなたに、お聞きしたいことがあります」
ツカサはようやく首を回し、葉沼の険しい顔を見た。葉沼は“ヘクセ”任務時の黒い服装だった。
「言いたいことはわかっているつもりだよ」
「そうでしょうか」
「ツカサぁ」
ヤマが葉沼のうしろからぱたぱたと駆けてきて、ツカサの背中にはりついた。
そんなヤマには目もくれず、葉沼はなお声を低めた。
「あなたは我々の思考していることならすべてご存じのはず。しかし、我々の考えは、思いは。わかっていただけていないようだ」
「どういう意味だ」
ツカサの声にいぶかしげな色がにじむ。強力なテレパシー能力を持つツカサには、最も縁の遠い言葉のはずだった。
「表面的にわかるからこそ、肝心なことがわからない。そういうことならば納得ができます。」
「何を……言っている」
「我々は、少なくとも俺は、何があろうと揺らぐことなく信念を追うあなたについてきた。そのつもりでした。それなのに今のあなたはどうだ。あなたの真意はどこにある。我々はこれまでどおり、あなたを信じていいのですか」
「……」
「我々を救ってくださるのではなかったのですか。ニホンという国に、我々の存在を無にした連中に、復讐を遂げるのではなかったのですか。それとももはやその意志はないのですか」
ツカサはまた机に向かい、目を閉じた。
「意思はある。だが……少し時間がほしい」
「できません」
即答だった。ツカサもさすがにもう1度ふり返った。
「今が好機とおっしゃったのはあなただ。我々は認められ始めている。今しかない」
つんつん、とヤマがツカサの肩をつついた。
「けっこうみんなこんな感じでさ。すっごいやる気なんだよ。僕ちょっとついてけないよー」
「どうなさるのですか」
「ほらー、僕のことは無視するし」
頬をふくらませたヤマの頭に手を置いて、ツカサは少し、考えた。それから口を開こうとした瞬間、葉沼に遮られた。
「わかりました。今のあなたには迷いがある。そんな状態では計画がうまくいくはずもない」
「ハヌマ――」
「あなたがやらないのなら、俺がやります」
ツカサは椅子を蹴って立ち上がった。そこへ葉沼が、ほとんど体当たりをするように詰め寄った。
「障害になり得るものは、早いうちに排除すべきだ。あなたが言ったことです。
……集団にトップが2人では、混乱が起きる」
うしろによろけたツカサは机にぶつかり、そのまま崩れ落ちた。
耶麻が悲鳴を上げた。そこへ向かって、葉沼は再びナイフを突きだした。
「騒ぐな。お前もここで休め」
がたがたと音を立てて倒れた耶麻に、続いて葉沼に目を向け、ツカサはうめく。
「なんて、ことを」
「“師”よ。ここまで導いてくれたこと、感謝します」
赤く塗れたナイフが床に落ちる。硬質な音が響いた。葉沼はその場できびすを返す。
「お別れです」
あわてることなくゆっくりと。足音が去っていく。
ツカサはどうにか体を起こした。腹部に当てた指の隙間から血が滴り落ちた。
「ヤマ……大丈夫か……?」
うつぶせになったままのヤマに、這うようにして近寄っていく。
手を伸ばしかけ、ふとツカサはつぶやいた。
「そうか。こういうことか」
かすかに笑みが浮かんだ。疲れたような、乾いた笑みだった。
「こうなってしまったのは、必然かも、しれない。でも……僕は、“ヘクセ”の皆に、こんなことをさせたかったわけじゃ、ない」
ヤマに手が届いた。それでもヤマはぴくりとも動かない。
「“家族”同士を争わせては……いけないね……」
ツカサはヤマを抱き寄せ、もう片方の手で、胸ポケットに触れた。
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