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-BLACK MARIA-  作者: 高砂イサミ
9th episode
45/66

December 17 (Mon.) -3-


 一気に力が抜ける思いだった。そんな詩織の表情はよほど間抜けだったらしく、アンジュが軽く噴いた。

「そんな顔をしていないで。言いたいことあるなら言ってしまいなさい。もう、大丈夫だから」

「……!」

 詩織はうなずいた。それからそっと見上げると、アズマも黙って手を離してくれた。立ち上がろうとして少しよろける。しかし倒れなければそれでいいと思えた。

「わ、わたし……ツカサさんのこと、すごい人だとは思ってます」

 アンジュの横まで歩いていく。10メートル近く離れて油断なくたたずむ葉沼のその向こう。苦い表情をしているツカサを、まっすぐ見やる。

「いろんなことを、自分でなんとかしたいって思ってて。それだけじゃなくて、考えて行動して、本当になんとかできちゃうこと、多いんですよね……」

「――ハヌマ!」

 ツカサが遮ったのと同時に葉沼が前へ出ようとした。

 しかし詩織は動かなかった。代わりにアズマとアンジュが鋭く相手を制した。

「動くな、葉沼」

「まったく。ひとの話は最後まで聞きなさいな」

「お前達……!」

 葉沼が不自然に身体をひねる。よく見ると左足が床から離れないようだ。まるで誰かの“手”が強くつかんで押さえつけているように。

 もう1人、詩織が初めて見る少年もいるが、そちらは「どうしたらいいかわからない」といった様子でおろおろしていた。

「詩織ちゃん、続けて」

 アンジュがそう言ってくれたので、他の人間は気にしないことにした。

 ツカサだけに意識を集中させて息を吸い込む。

「だけど、できちゃうことの方が多いから。できないことがあると……不安になるんですよね? なんとかしないとって、余計に焦ってしまうんですよね」

 ツカサの表情が少しずつ強ばってきた。詩織にもわかるほどだから、他の人達にもきっと伝わっているだろう。“ヘクセ”は皆が血縁で、家族のように近しい距離で過ごしてきたはずだ。

「ツカサさんが、ツカサさん達、SPMの存在を知ってほしいっていうのはわかるんです。だけどそれと、力を見せつけて怖がらせることは違うんじゃないでしょうか? それだと“力”のない人は、ツカサさん達を受け入れられないと思うんです! そうなったら、SPMの人達を“守る”ことにならないんじゃないですか……!?」

 言葉がとぎれると、恐ろしいほどの静けさがその場を覆った。

 詩織は一瞬だけくじけそうになったが、そこでぽんと肩をたたかれた。右を見るとアンジュが。左をふり返るとアズマが。励ますようなまなざしを向けてくれている。

 1人ではない。

 そのことがこんなにも支えになるのだと、詩織は初めて知った。

「居場所なら……もう、ちゃんとここにあるのに」

 本当は、自分が正しいという絶対の自信などない。うまく伝えられているかどうかもわからない。

 それでも詩織は言わずにはいられなかった。

「このままじゃ、この場所だって壊れちゃいます! “家族”に悪いことをさせたり、傷つけたり……そんなことしてたら、いつか、家族からも恨まれるようになっちゃったり、しませんか?」

 これまで見てきた限り、今のアズマとツカサがいい関係でいるとはとても思えない。過去の2人は、お互いを思いやっている間はあんなにも幸せそうだったのに。

 それを思い出しながら、一層力を込めて、詩織は叫んだ。


「全部を思うとおりになんて、誰にもできないんです。それなら――わたしだったら! みんないっしょに、笑って過ごせる方がいい!」


「――黙れ」


 ツカサの抑揚のない声。即座に言い返したのはアンジュだった。

「私は同じ“M”だから、あなたの気持ちも少しはわかるつもりよ。でもね。SPPやSPMの存在を知らしめるにしても、人を助ける方向に力を使うことだってできたはずよね? ただしそれは時間もかかるだろうし、理解してもらえるかどうかわからない。……つまりそういうことなのでしょう?」

「……」

「あなたは自分の望みをかなえるために、最も楽な方法を選んだの。それだけは自覚した方がいいわ」

 いまだ答えは返らない。アンジュは無造作に前髪を払い、かすかに苦笑を浮かべた。

「あなたは人の思考を読むことができる。必然的に大量の情報が手に入るわけだけれど、それを選別する術が未熟ね。自分の見たいものしか見ていない。大方の“普通の”人間と同じように。そういう意味では詩織ちゃんの方がまだオトナかもしれないわ」

 とん、とん。

 つま先を床に打ちつけて、アンジュは不意に語調を強くした。

「この辺りにしておきましょうか。そろそろ、本気でいかせてもらうわね」

「……どうするつもりかな、黒井アンジュさん」

 ようやく問い返した声は力ないものだった。

 そんなツカサに向かい、堂々と、アンジュは宣言した。


「決まっているでしょう。詩織ちゃんを連れて、全力でここから逃げるわ」



            * * * * *



 不意に、マリアは目を開いた。むくりと起きあがって牧田医師を見ると、気配に気づいたらしい牧田も目を覚まし、椅子から背を離した。

「どうした」

「センセ、車で来た? 運転はできるんでしょ?」

「そりゃできるが……急にどうした」

「行かなくちゃ」

「あん?」

「あんなカッコじゃタクシーも呼べないだろうから。迎えに行くの。連れてってくれない?」

「待て待て待て。行くったってこんな時間に」

「お願い」

 甘えるように上目遣いをすると、牧田は気味悪げな表情で見返してきた。可愛らしさアピールのおねだりは失敗のようだ。

 それでもすぐに、ため息混じりでうなずいた。

「ま、仕方ねーな……相川からはお前さんの指示を聞けと言われてるしな」

「……ありがと」

 頭の芯はいまだにうずく。しかしマリアはそれを無視して、勢いよくふとんをはねのけた。



            * * * * *



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