December 17 (Mon.) -1-
――ゃん
――おね……ちゃん……
「……ん」
時計の音が響いた。ホールの柱時計が12時を告げる。ふわふわの羽毛布団に埋もれながらマリアが目を開くと、すぐ横で、あまり機嫌のよくなさそうな声がした。
「起きたか」
「牧田せんせ……? こんばんはぁ」
ベッドの脇の椅子で、世話になっている外科医師が腕組みをしていた。マリアはもう少し頭を動かそうとしたが牧田の目に止められる。
「事情はよく知らねぇが、無理するな」
「どうしてセンセーがここにいるの?」
「相川に呼びつけられたんだよ。手当ては出すから院を休んでこっちをたのむとさ。何をやってんだ、あいつは」
「あはは、ありがとー……」
頭ががんがんと痛んで集中できず、生返事のような響きになってしまう。
と、不意に牧田医師が身を乗り出してきた。
「お前さん――どうした?」
「なにが……?」
「いつもと雰囲気が違うな。てか、いつも一緒の姉貴はいねぇのか。相川の娘は」
そこまで言ってからあわてたように口をつぐむ。病人相手に申し訳ないと思ったようだ。マリアは口だけ笑みの形にした。
「ちょっと、出かけてる……アズマ君もいっしょ」
「アズマ“君”?」
「あ」
「ホントにどうした。まさかお前さん、実はクリスちゃんの双子の姉妹だとか言わねぇよな?」
思いきり怪訝な顔をされた。まあ似たようなものだろうかと思いつつ、面倒なので答えなかった。
その沈黙をどう受け取ったのか、牧田医師は深く座り直してため息をつく。
「まあいい。詳しいことは聞かねぇよ。ただなあ。お前さんに言ってもしょうがないんだが、相川はいっとき音信不通だった時期があってな。それと関係あるんじゃねぇかって気はするんだがな……」
不満げな顔で、それでも詩織の父を案じる色をにじませる。わざわざ思考を“読”まなくともそれがわかった。彼はもしかすると、詩織の父と案外親しくしていたのかもしれない。
「なんだよ。なに嬉しそうな顔してんだ」
牧田医師が睨んできた。今度は本当に顔が笑っている自覚をしながら、マリアはまたまぶたを閉じる。
「心配してくれる人がいるって、いいよねぇ」
「はぁ?」
「友達でも家族でも。普通の意味での家族ってのは、あたしにはいなかったりするんだけど」
「ってお前。姉貴がいるんじゃねぇか」
「……あれは分身みたいなもの、かなー……」
共に黒川麻里から作られた、同じ遺伝子を持つ自分とアンジュ。だからどちらかといえば一心同体、互いが互いの一部といった感覚だ。そんな関係も悪くはないが、『家族』とは少し違うのではないか。マリアはそう考えている。
「家族って、なんだろうね。特別な関係なのかもしれないけど、それだけでうまくやってけるわけじゃなくて……実のお兄さんと折り合いがつかなかったり、父親とうまくやってけない場合だってあるわけで、さ」
「お、おう」
「その点あたしは、先生達にはそこそこ優しくしてもらったし、アンジュも詩織ちゃんもいたし。恵まれてたと思うよ……これ、本音」
「おいおい。何があったってんだよ本当に」
牧田医師の困惑を感じながら。意識はゆっくりと落ちていく。
「あの人も……早く、気付けばいいのにね……」
「言ってる意味がわからねえよ! 本当に大丈夫なのか?」
「ん、今のとこだいじょぶ……何かあったら……わかるから……」
最も近しい存在だからか、アンジュからの呼びかけは、かなり距離があっても感じ取ることができる。そのアンジュからまだ本気のSOSはきていない。
だから信じることにする。アンジュとアズマを。そして、詩織を。
「ごめん……寝るね……」
牧田医師からの返答は聞こえなかった。安心しきってというわけにはいかないが、マリアは比較的穏やかに眠りについた。
* * * * *




