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-BLACK MARIA-  作者: 高砂イサミ
1st episode
4/66

November 30 (Fri.) -1-


 外食から帰る車の中で、クリスはいつも以上にご機嫌だった。右隣のアンジュと左隣の詩織の手をそれぞれ握ってにこにこ笑っている。

「おいしかったね、お料理!」

「クリスマスシーズンのさなかに、あんな高級ホテルでお食事ができるだなんて。相川先生に感謝だわ」

「おっきなクリスマスツリーが飾ってあったの、すごかったね!」

「喜んでいただけてよろしゅうございました」

 運転席から声がして、詩織は少し、身を乗り出した。

「貴島さん、運転ありがとうございます。お父さんにも……『ありがとう』って」

「はい。旦那様に必ずお伝えします」

 スーツ姿の初老の男性がバックミラーの中で優しげに目を細めた。詩織はうなずいてから、ふと車窓に目をやった。にぎわう街のネオンでも雪の白さでもなく、その視線が捉えたものは、ガラスに映った詩織自身だった。

 我がことながら特徴のない、ひたすら平凡な顔立ちだ。少し茶色みがかった髪はくせっ毛で、無理やりピンで押さえているのがすぐわかってしまう。


 当然だが――アンジュともクリスとも、ちっとも似ていない。


「詩織ちゃん? どうかしたの?」

 アンジュの声に、詩織ははっと我にかえった。

「あ、えと……」

「雪見てたの? 積もるかな? 雪だるま作れるかなぁ」

 クリスが目を輝かせ、詩織ごしに窓の外をうかがった。詩織は思わず頬をゆるませた。

「去年は雪、ぜんぜん降らなかったもんね。明日は土曜で学校お休みだから、積もったら、いっしょに作ろ?」

「ほんと!? やったー!」

 クリスが思い切り抱きついてきた。

 かなりの勢いだったので、詩織はドアに軽く頭をぶつけてしまった。

「痛……」

「あっ……ごめん! ごめんねシオリちゃん!」

「駄目でしょう。狭い場所ではおとなしくしなさい」

 おろおろするクリスの腰にするりと腕を回し、アンジュが詩織を見た。

「大丈夫だった?」

「は、はい、平気です」

 アンジュはわずかに首を傾け、微笑した。詩織にはそれが何を意味しているのかわからない。困った末に少しだけ笑い返すと、アンジュの視線も外に向いた。

「もうそろそろ、2年近くになるのかしら」

 詩織はひそかにほっとして、小さくうなずいた。

「そうですね」

「早いものだわ。初めて会った時、詩織ちゃんはまだ小学生だったのに」

「……はい」

「相川先生から話は聞いていたけれど、あまりおとなっぽくてしっかりしているから、最初は驚いたのよ」

 一応ほめられているらしい。詩織も負けじと声に力を込めた。

「わたしはあの時、すごくキレイな人だなって思って、びっくりしました」

「そうなの?」

「はい」

「お世辞でも嬉しいわ」

「本当ですよ……っ」

 ただ――これは内緒だが、アンジュに対する第一印象は「何を考えているかわからない人」だった。2年間いっしょに暮らしてきた今でも、そのイメージはあまり変わっていない。

 と、クリスが、今度はおとなしめにシオリの手を取った。

「シオリちゃんだってかわいいよ! わたし、シオリちゃん大好き!」

 最初こそ人見知りされてしまったものの、クリスと仲良くなるのは早かった。打ち解けたきっかけはweb番組の怪奇現象特集で、一緒に観ているうち、ノリが合うことに気づいたのだ。それ以来クリスも詩織を慕ってくれている。少なくとも詩織はそう思っている。

 それこそ、本当の“妹”のように――


 そんなことをつらつらと思い返すうち、車が細い裏道に入った。もう家まで近い。詩織はもう1度身を乗り出した。

「あの、貴島さん。そこで止めちゃってください」

「よろしいのですか」

「雪を見ながら、ちょっと歩いてみたくて……」

 言いながらアンジュとクリスをうかがう。アンジュがうなずき、クリスが嬉しそうに手を挙げた。

「わたしも雪の中歩きたいな!」

「……そうでしたか。かしこまりました」

 車はなめらかに停止した。詩織はもう1度貴島にお礼を言って、先に降りた。

「キジマさん、ありがとうございました!」

「ありがとうございました」

 後から姉妹が降りると、貴島は丁寧に会釈をし、来た道を走り去っていった。

 このあたりは街灯が少なく薄暗いのだが、今夜ばかりは雪の照り返しで仄明るく見える。地面はもううっすらと白い。クリスが白い息を吐きながら嬉しそうに歩き回って、黒々と靴跡をつけていった。

「なんか、お砂糖踏んでるみたい!」

「きれいな雪の上を歩くの、わたしも好きだよ」

「すべって転ばないように気をつけて。視界も悪いし……」

 3人でのんびりと建物の間を歩いていく。かなり寒いが、はしゃぐクリスの様子を眺めていると、わけもなく幸せな気分になってくる。

 傘の下からそっと見上げれば、アンジュもやわらかい表情をしていた。

「……なに? 詩織ちゃん」

 アンジュの視線が詩織に向いた。詩織は思わず目をそらす。

「あの、……えと、なんでも……」

 その時アンジュが、急に歩みを止めた。

「クリス?」

 アンジュの怪訝な声につられ、詩織はクリスを見た。クリスもいつの間にか立ち止まって、じっと道の向こうを見つめている。

 その視線の先を追う。と、街灯の光からはずれた場所に影が見えた。アパートの外塀をつたってゆっくりと近づいてくる、それは――


「……人だ」


 つぶやくなり、クリスが飛び出した。

 それとほぼ同時に、人影は力なく崩れ落ちた。



            * * * * *



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