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-BLACK MARIA-  作者: 高砂イサミ
8th episode
39/66

December 16 (Sun.) -4-


 がらがらと防火シャッターが落ち、アズマの背中が見えなくなった。

「アズマ君!」

 アンジュは叫んだ。しかし前へは出られない。

 目の前には赤メッシュの少年が立ちふさがっている。途中の部屋からびっくり箱のように飛び出してきた彼は、1歩、アンジュに歩み寄った。

「はじめましてー、黒井アンジュさんだよね?」

「……ええ。あなたは“ヘクセ”の?」

「アシヤっていいます。どうぞよろしくー」

 少年はにこりと笑って手を差し出した。

「でもって――さよならー!」


 ドンッ


 衝撃と共にアンジュの身体はふっ飛んだ。ごろごろと廊下を転がり、壁にぶつかってようやく止まる。

「……!」

「ははっ、引っかかった!」

 口を押さえてせき込みながら見上げると、悠々と歩いてくるアシヤの周囲の空気が揺らめいて見えた。まるで陽炎のようだった。

 すぐに起きあがろうとしたアンジュは、しかしとっさに身をひねる。だん、と顔の横に足が落ちた。

「おれの能力どう? すごいでしょ? “師”のお役に立ってるよね、おれ?」

 嬉しそうにくすくすと笑いながら、アシヤは2度、3度と足をふり下ろした。アンジュは紙一重でそれをよける。そして4度目。隙をつき、足首をつかまえる。

「あ」

「足癖が悪いわね」

 押し返し、ようやく体勢を立て直して低く身構える。それを見たアシヤはきょとんと目を見開いた。

 その表情が、みるみるうちに喜色に染まった。

「聞いてたとおりだ。力強いねー」

「ありがとう」

「それって空手の受け身ってやつ? トオルがやってたの見たことあるよ」

「近いかもしれないわ」

「えー? 近いってなんだよー?」

 答える前に、アンジュは高く跳ねていた。お返しとばかりのかかと落とし。その動きが見えなかったのだろう、アンジュからすればスローモーションで、アシヤが驚いたように見上げてきた。

 パンッと乾いた音が響いた。

 アンジュは後方宙返りで距離を取って着地した。間に飛び込んできた別の男に蹴りをはじかれたのだ。もう1人隠れていることには気付いていた、が――

「……葉沼、さん?」

 青年は葉沼とよく似ていた。そのうしろからひょこりとアシヤの顔がのぞく。

「ハヌマはリョウの兄貴! 似てるよなーそう思うよな!」

「余計なことをしゃべるな、アシヤ」

「“リョウ”さんね。言葉遣いまで似ているのね」

 苦笑しつつ、アンジュはこぶしを掲げた。

「でもごめんなさい。そんなことはどうでもいいの。詩織ちゃんをみつけてすぐに帰らせてもらうわ」

「帰さない。“師”はそうおっしゃった」

 葉沼よりは少し舌足らずな発音で、リョウも構えをとった。気迫の方は兄にも劣らない。かなりできそうだ。

 それでも。

「帰るわ。そのために、まずはあなた達を片づける」

「大口も今のうちだ」

「あら、私は本気よ?」

 アンジュはふと、微笑した。

「もう認めることにしたのよ。ツカサさんがだめ押しだったことは癪だけれど……」

 言葉を切り、アシヤとリョウをまっすぐに見る。

「ここへ来たのはマリアに言われたから。それでも、今ここにいるのは私の意志。私自身の望み。それがわかったから」

 口に出してみると、さらに決意が固くなるようだった。身体が熱い。しかし意識まで熱くならないよう、呼吸を意識して平静を保つ。それはひどく心地のいい感覚だった。

 と同時に、アズマのことが気にかかる。おそらくあちら側にはツカサが待っているはずだ。

「どいてちょうだい。早くこの先へ行かないと」

「……お前に“師”の邪魔はさせない」

「アズマ君は通したでしょうに」

「トオルとは直接お会いになると、“師”がおっしゃった」

 言い放ったリョウに、アンジュは首をかしげて見せた。

「あなた達はどうなの?」

「何がだ」

「本当に自分が望んでこんなことをしているの? ――おかしいとは思わない?」

 リョウが眉をひそめ、アシヤはきょとんとまばたきをした。

「えー? 何がおかしいのさ?」

「“師”は“M”を自由にしてくれると言った。だから俺達は“師”に従う。“師”のために動く。それだけだ」

 アンジュは短く息を吐く。彼らにはアンジュの言いたいことがまるでわからないようだ。

 とはいえ、無理にわからせる必要もない。

「聞くだけ無駄だったわね」

「……そうか」

 突然、リョウの姿がぶれた。

 アンジュはわずかに半身を引いた。そこへリョウが踏み込んでくる。突きを流して思いきり跳躍し、アンジュはアシヤを見据えた。

「げ」

 アシヤがあわてた様子で手の平を向けてくる。直後、また強い衝撃が全身を襲った。腕を十字に組んで正面からそれを受け、わざとはじかれる。

 さすがに予想外だったのだろう、リョウにわずかな隙ができた。空中で回転をかけて側頭への鋭い蹴りを見舞う。今度はリョウが横に飛んだ。が――浅い。

「やはり一筋縄ではいかないようね」

 独白したアンジュに、跳ね起きたリョウの視線が刺さる。

 アンジュは不敵な笑みでそれに応えた。


「私も急いでいるの。手加減できないわよ。もし怪我をしても、恨まないでちょうだいね……?」



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