December 16 (Sun.) -4-
がらがらと防火シャッターが落ち、アズマの背中が見えなくなった。
「アズマ君!」
アンジュは叫んだ。しかし前へは出られない。
目の前には赤メッシュの少年が立ちふさがっている。途中の部屋からびっくり箱のように飛び出してきた彼は、1歩、アンジュに歩み寄った。
「はじめましてー、黒井アンジュさんだよね?」
「……ええ。あなたは“ヘクセ”の?」
「アシヤっていいます。どうぞよろしくー」
少年はにこりと笑って手を差し出した。
「でもって――さよならー!」
ドンッ
衝撃と共にアンジュの身体はふっ飛んだ。ごろごろと廊下を転がり、壁にぶつかってようやく止まる。
「……!」
「ははっ、引っかかった!」
口を押さえてせき込みながら見上げると、悠々と歩いてくるアシヤの周囲の空気が揺らめいて見えた。まるで陽炎のようだった。
すぐに起きあがろうとしたアンジュは、しかしとっさに身をひねる。だん、と顔の横に足が落ちた。
「おれの能力どう? すごいでしょ? “師”のお役に立ってるよね、おれ?」
嬉しそうにくすくすと笑いながら、アシヤは2度、3度と足をふり下ろした。アンジュは紙一重でそれをよける。そして4度目。隙をつき、足首をつかまえる。
「あ」
「足癖が悪いわね」
押し返し、ようやく体勢を立て直して低く身構える。それを見たアシヤはきょとんと目を見開いた。
その表情が、みるみるうちに喜色に染まった。
「聞いてたとおりだ。力強いねー」
「ありがとう」
「それって空手の受け身ってやつ? トオルがやってたの見たことあるよ」
「近いかもしれないわ」
「えー? 近いってなんだよー?」
答える前に、アンジュは高く跳ねていた。お返しとばかりのかかと落とし。その動きが見えなかったのだろう、アンジュからすればスローモーションで、アシヤが驚いたように見上げてきた。
パンッと乾いた音が響いた。
アンジュは後方宙返りで距離を取って着地した。間に飛び込んできた別の男に蹴りをはじかれたのだ。もう1人隠れていることには気付いていた、が――
「……葉沼、さん?」
青年は葉沼とよく似ていた。そのうしろからひょこりとアシヤの顔がのぞく。
「ハヌマはリョウの兄貴! 似てるよなーそう思うよな!」
「余計なことをしゃべるな、アシヤ」
「“リョウ”さんね。言葉遣いまで似ているのね」
苦笑しつつ、アンジュはこぶしを掲げた。
「でもごめんなさい。そんなことはどうでもいいの。詩織ちゃんをみつけてすぐに帰らせてもらうわ」
「帰さない。“師”はそうおっしゃった」
葉沼よりは少し舌足らずな発音で、リョウも構えをとった。気迫の方は兄にも劣らない。かなりできそうだ。
それでも。
「帰るわ。そのために、まずはあなた達を片づける」
「大口も今のうちだ」
「あら、私は本気よ?」
アンジュはふと、微笑した。
「もう認めることにしたのよ。ツカサさんがだめ押しだったことは癪だけれど……」
言葉を切り、アシヤとリョウをまっすぐに見る。
「ここへ来たのはマリアに言われたから。それでも、今ここにいるのは私の意志。私自身の望み。それがわかったから」
口に出してみると、さらに決意が固くなるようだった。身体が熱い。しかし意識まで熱くならないよう、呼吸を意識して平静を保つ。それはひどく心地のいい感覚だった。
と同時に、アズマのことが気にかかる。おそらくあちら側にはツカサが待っているはずだ。
「どいてちょうだい。早くこの先へ行かないと」
「……お前に“師”の邪魔はさせない」
「アズマ君は通したでしょうに」
「トオルとは直接お会いになると、“師”がおっしゃった」
言い放ったリョウに、アンジュは首をかしげて見せた。
「あなた達はどうなの?」
「何がだ」
「本当に自分が望んでこんなことをしているの? ――おかしいとは思わない?」
リョウが眉をひそめ、アシヤはきょとんとまばたきをした。
「えー? 何がおかしいのさ?」
「“師”は“M”を自由にしてくれると言った。だから俺達は“師”に従う。“師”のために動く。それだけだ」
アンジュは短く息を吐く。彼らにはアンジュの言いたいことがまるでわからないようだ。
とはいえ、無理にわからせる必要もない。
「聞くだけ無駄だったわね」
「……そうか」
突然、リョウの姿がぶれた。
アンジュはわずかに半身を引いた。そこへリョウが踏み込んでくる。突きを流して思いきり跳躍し、アンジュはアシヤを見据えた。
「げ」
アシヤがあわてた様子で手の平を向けてくる。直後、また強い衝撃が全身を襲った。腕を十字に組んで正面からそれを受け、わざとはじかれる。
さすがに予想外だったのだろう、リョウにわずかな隙ができた。空中で回転をかけて側頭への鋭い蹴りを見舞う。今度はリョウが横に飛んだ。が――浅い。
「やはり一筋縄ではいかないようね」
独白したアンジュに、跳ね起きたリョウの視線が刺さる。
アンジュは不敵な笑みでそれに応えた。
「私も急いでいるの。手加減できないわよ。もし怪我をしても、恨まないでちょうだいね……?」




