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-BLACK MARIA-  作者: 高砂イサミ
8th episode
38/66

December 16 (Sun.) -3-


「……来たのかな?」

 いつもの椅子にもたれて目を閉じていたツカサが、不意に口を開いた。すぐ近くでは耶麻がリノリウムの床にぺったりと座っており、ツカサの言を受けて遠くを見るように首を伸ばす。

「うん。トオルと、アンジュさんの2人。マリアちゃんはいないみたいだ」

「トオルも来たのか」

 葉沼をはじめとしたメンバーから驚きの声が上がった。

 1人、ツカサは微笑んだ。その様子に葉沼が眉根を寄せる。

「まだトオルを連れ戻そうとお考えなのですか。彼は、もう――」

 ツカサが目を上げた。視線が葉沼を射抜く。

「なぜそんなことを言うのかな」

「も……申し訳ありません」

「いや、僕こそすまない。君の言動はいつでも“ヘクセ”の最善を思ってのこと。それはわかっているよ」

 ツカサの表情がまたやわらいだ。葉沼が萎縮するように視線を落とし、その頭上にツカサの声が降った。

「思い出そう。僕達がどんな道を歩んできたか。国家に切り捨てられ、それに気付く機会も与えられず、被研体として生きざるをえなかった。それはトールも同じこと。――それに彼は、僕と同じ“第3世代”だ」

 葉沼のすぐとなりで棚戸が無表情に口を開く。

「第3世代。黒川麻里の曾孫。“Mの系譜”同士の掛け合わせ」

「黒川麻里の血を濃く受け継ぎ、SPMを多く排出」

「代償として社会と隔離」

「第2世代を含めて知らないことすら知らされなかった」

「“師”、あなたが現れるまでは――」

 申し合わせたように順に声が上がった。それはまるで、ツカサ自身の言葉のように。

 ツカサは一同をぐるりと見渡した。その中に、ぼうっとした顔でたたずむ詩織の姿もあった。

「トールにはそのことをもう1度思い出させてやればいい。だけど……あの姉妹は、少し邪魔かな」

 ざわりと空気が波立った。

 座り直したツカサは自分の脚にひじをつき、手指を組む。

「そろそろ政治の中枢に切り込む頃合いだ。そのためには、不安要素はできる限り減らしておかなければならない。そうは思わないか」

 元から床に座っていた耶麻を除き、全員が一斉にひざまずいた。詩織も例外ではない。ツカサは満足げにうなずいた。


「まずは今日、黒井アンジュに退場願おうか」


 宣言と共に1人が立ち上がった。他の者と同じ黒い髪に、一部だけまっ赤なメッシュが入っている。

「アシヤ。君が残ってくれていて良かった。リョウと行ってほしい。黒井アンジュの方をお願いするよ」

「喜んで」

 うなずいた少年の瞳が金色に染まる。

 そしてツカサの視線は詩織に向けられた。

「君は僕とトールを迎えよう。おいで、シオリさん」

 詩織はこっくりとうなずいた。その手には、大振りなナイフが握られていた。



            * * * * *



 建物の扉は2人が近づくとひとりでに開いた。電子式のスライドドアはカードロック式だ。これはツカサに出迎えられたと考えていいのだろう。

「黒井」

 すぐにも突入しようとしたアンジュをアズマは引き止めた。

「なに?」

「先に言っておく」

 ポケットからe-phoneを取り出してみせる。アンジュは軽く目を見開いた。

「それは先生の?」

「借りた」

「何かあっても連絡はとれるということね。覚えておくわ」

 アンジュも自分のスラックスのポケットをたたいた。

「それで、神崎ツカサがどこにいるかというくらいの見当はつくのかしら」

 アズマは目を細めた。できる限り詳しく、中の構造を思い出そうとする。

「……いつもなら訓練室。奥の1番広い部屋だ」

「見取り図はないのかしら」

「最初に処分していた」

「念の入ったことね」

「今、そこにいるかはわからない」

 わかっているというように、アンジュが肩をすくめた。

 その時だった。


『アンジュさん、トール。よく来たね』


 若干のノイズと共に館内放送が流れてきた。アズマは思わず身構えた。その横で、アンジュが平然と腰に手を当てた。

「聞こえていると信じてお返事するわ。詩織ちゃんはどこかしら?」

『……詩織さんなら僕のとなりにいるよ』

「そう。ではすぐにそちらへ向かうわ」

『驚いたな。アンジュさん、君も意外と本気で彼女の心配をしているのか』

 ツカサの声は本当に意外そうだった。アンジュの苦笑いが視界の端に映った。

『マリアさんの邪魔がないからね……君もある程度の思考防御は心得ているようだけど、強い感情は伝わってくる』

「悪い?」

『いや。こうして君を招くことができたのだから、僕も彼女には感謝を捧げよう』

「それで? あなたは今どこに?」

 含み笑いが、機械音声に混じった。

『訓練室だ。場所はトールに聞くといい。楽しみに待っているよ』

 ぷつりと電波がとぎれる。と同時にアンジュがアズマに顔を向けた。凄まじくいい笑顔だった。

「案内、してくれるのよね?」

「……」

 アズマは体の向きを変えてアンジュをふり返った。アンジュが1歩踏み出す。どちらからともなく小走りになり、清潔な廊下を進んでいく。

 白壁が続く幅広の廊下。研究所というより病院のような印象だ。変わっていない。なつかしい感覚に、軽い吐き気をもよおす。

 帰ってきたとは思わない。ここは、『違う』。

 それよりもむしろ「帰れるだろうか」と考えた自分に、アズマは少なからず驚いた。

「アズマ君。確認していいかしら」

 斜めうしろから声をかけられた。答えずにちらりと視線を投げると、アンジュは続けた。

「あなたのこと、信じていいのよね?」

「戻らない。約束する」

 アズマは即答した。内心で竦む自分に言い聞かせるためでもあった。ただ、迷いはない。自分の意志に嘘はついていない。

「わかったわ。ごめんなさいね、つきあわせてしまって」

「火種を持ち込んだのは俺の方だ」

「……あの時あなたは、他でもない私達の前に現れた」

 ふと、アンジュがつぶやいた。

「不思議ね。“運命”なんていううさんくさい言葉を信じたくなるわ」

 この建物はそこまで広大ではない。もう1区画を過ぎれば目的の部屋だ。

 2人は徐々に加速する。まず先に、アズマが角を折れた。

 瞬間。


「!!」


 背後でアンジュの飛びずさる気配がした。急ブレーキをかけて身体を返すと、黒コートのうしろ姿がアンジュとの間に割って入っている。髪のメッシュの色に、アズマは息を呑んだ。

「アシヤ!」

 天井がガシャンと鳴った。と思うやがらがらと音を立ててあっという間に防火シャッターが下りた。この施設のシャッターは厚い。にも関わらず、その向こうから爆発のような轟音が聞こえてきた。

 アズマはとにかくシャッターに手をかけようとした。

 しかし、その寸前で身体は凍りついた。


「そこにいるね。さあ……入っておいで」


 自動扉の開くかすかな音。そして、奥からツカサの声が響いた。



            * * * * *



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