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-BLACK MARIA-  作者: 高砂イサミ
8th episode
37/66

December 16 (Sun.) -2-


 詩織は自分が今立っているのか座っているのかさえ、よくわからなかった。

 ふわふわとした感覚。頭がはっきりしない。まるで夢の中にいるようだ。

 ただツカサの声だけが、やけにクリアに響いていた。

『黒川麻里。彼女が国際研究所に研究を申し出たときに、こんなことになるとは思っていなかっただろう』

 淡々とした口調。その端々に苦いものがにじむ。

 こんなこと、とは――

『純粋に、SPMを解明するための研究に対する協力だったはずなんだ、黒川麻里が国際研究所と交わした契約というのは。それを歪めたのが……当時のニホン政府だ』

 もしかして。前にアンジュ達が言っていたような。

『彼らは“M”に脅威を感じたようだね。それまで彼らはSPMの存在さえ無視していたというのに。国際機関が動いていると知った途端、保護という名目でMの系譜から国民コードを取り上げ、従うほかない状況に追い込んだ』

 ……!

『まあ、その時の政権はとっくにつぶれて、与党でさえなくなっているけどね』

 含み笑う気配。

 詩織は急に泣きたくなった。

『新政権にいたっては、僕達をどう扱えばいいかさえわからなかったようだ。“M”の存在は今さら公にできない。だから口をつぐんだまま、すべてをなかったことにした。――僕達“M”の存在さえ否定したんだ』

 じわりと、目の端が濡れる。指一本動かせないため、それをぬぐうことはできない。

『僕達は生きられる場所がほしいだけだ。引け目を感じることなく、自由に生きたい』

 今、口が動いたとしても。詩織には何を言えば良いかがわからない。

 こんな闇を抱える彼らに、どんな言葉なら届くのだろう。


『だからまずは、この国に僕達を認めさせる』


 頬に冷たいものが触れた。視界はくもっていてよく見えない。固い、金属のようだ。

『誰にも……邪魔はさせない』

 それはするりと手の中にすべり込んできた。

 詩織の意志に関わらず、詩織の手は“それ”を握りしめた。



            * * * * *



 外は重苦しい曇り空だった。またあの日のように、雪でも降りそうな雰囲気だ。

「初めて会ってから、まだ2週間と少ししか経っていないのね」

 アンジュがひとりごとのようにつぶやいた。アズマはちらりと視線だけを動かし、また暗い車窓を見た。

 2人の乗るタクシーは首都郊外を目指して走っていく。そこそこに年を食った運転手はミラー越しにこちらの様子をうかがっていて、幹線道路をはずれたところで、とうとう話しかけてきた。

「ねえお客さん。こっちの方って、何に使ってんだかわからない工場みたいのがあるだけですよ。本当に行き先合ってます?」

「ええ、合っています。進めるところまででかまいませんので、お願いします」

 アンジュがにこりと笑って見せた。運転手は小さく肩をすくめ、それ以上は何も聞かなかった。アズマもアンジュも黙ったままだった。

 ヘッドライトが照らす道は、だんだんと細くさびしくなっていく。

 そして、かろうじて舗装されている道のどん詰まり、いかめしい鉄門の前でタクシーは停車した。

「……ここが……」

 車が走り去ると、アンジュは門を、ずっと向こうまで連なる高い白壁を見渡した。奥の方は闇に溶けてよく見えない。ところどころに設置されている灯りのほとんどが消えているのは、おそらく故意にだろう。

「“M”は週に一度、ここで検査を受けにくると決まってた。あいつが中の人間ごと乗っ取るまで」

「それはいつから?」

「今年のはじめ頃、だと思う」

「はっきりとはわからないの?」

 問われたアズマの表情が、一瞬歪んだ。

「……葉沼達が、そう話してたのを聞いた」

「そう」

 それだけ言って門の方へ視線を戻し、アンジュは透かすように奥の建物を凝視した。

「中の構造はわかる?」

「少し」

「では何かあったときには、対処は各自その場で判断するのね。いっそその方が神崎ツカサに『読まれない』という点ではいいのかしら」

「……」

「ふざけているわけではないわ。どのみち、そういう心構えでいくしかないということでしょう?」

 アンジュはその場でワインレッドのコートを脱ぎ、ぱさりと地面に落とした。アズマも同じようにジャケットを脱ぎ捨てる。

「これまではこちらに出向いてもらってばかりで、考えてみれば申し訳なかったわね」

 ふわりと、アンジュは笑んだ。


「今度は私達の番。もう、彼らの好きにはさせない」


 アンジュの拳が門を殴りつけた。凄まじい金属音と共に合わせ部分がひしゃげる。

 続けてもう1撃。

 門は内側へ向けて勢いよく開いた。錠が飛んだようだ。

「さあ、行きましょうか」

 返事を待たずにアンジュは駆けだした。アズマがその後を追う。2人の去り際に、扉の鉄板が風に軋み、悲鳴のような音を上げた。



            * * * * *



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