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-BLACK MARIA-  作者: 高砂イサミ
8th episode
36/66

December 16 (Sun.) -1-



 ……ねえ、マリア。


 なに?


 どうしてわたしたち、外に出ちゃいけないのかな?


 オトナの事情ってやつでしょうね。アンジュは外に出たいの?


 わかんない。


 そう。――あたしは出たいな。外の世界ってのを、自分の目で見てみたい。


 え……?


 なに泣きそうな顔してるの? バカね、あんたを置いて行ったりしないよ。

 行くときは2人いっしょ。ずっといっしょだから。あたしがいなくなるまでは、ね。


 うん、わかった! 約束ね!




 自分より少し早く生まれた“双子”の姉で、なんでもできて、なんでも知っている。

 アンジュにとってのマリアは最初からそんなイメージだった。

 だからこそつらいこともあるのだと気付いてから、しばらく経った頃。マリアがいたずらっぽく耳打ちしてきたことがあった。

 “もうすぐ、ここから出られるかもしれないよ”

 ただしそれは“マリア”という人格の喪失と引き替えだった。

 本音では寂しかった。しかし、マリアの望みが叶うのならそれでもいいと、自分に言い聞かせて納得させた。

 自分の世界があまりに狭いことは知っていた。

 加えて外の世界は思った以上に広大で。



 信じられるのは、マリア1人だけだった。



            * * * * *



 まぶたがかすかに震え、ゆっくりと開いた。ぱちぱちとまたたいた黒い眼は、焦点を結んだと同時に金に染まる。

「マリア!」

「ああ、おはよ。今日って何曜?」

「……日曜日、夕方4時になったわ」

「寝坊だね。もう起きるから」

「お願いだから寝ていてちょうだい!」

 アンジュは、ベッドから起きあがろうとするマリアの肩を押さえた。もがきかけた身体はすぐに力を失った。

 仕方なさそうなため息をついて、マリアは抵抗をやめた。

「あーぁあ。あいつに詩織ちゃん取られちゃったんだねぇ。負けだわ完全に。今回は、だけど」

「……ええ」

「で、ここはまだ先生のお屋敷だよね? 先生は……海外出張の準備?」

 答える前に答えを『読んで』、マリアが苦笑する。

「せんせーは忙しいもんねぇ」

「そうね」

「ほっときたいわけじゃないとは思うけどね。さて、どうしようか」

 アンジュは笑えなかった。マリアから目をそらしてうつむく。と、部屋のドアが静かに開き、貴島とアズマ、そして詩織の父が入ってきた。

「マリア君。目を覚ましたのか」

「せんせ、おはよう。――アズマ君。行く気なんだ?」

 アズマがうなずいた。

「あんたは無理そうだな」

「残念だけどねー」

「黒井は」

 アンジュは、とっさに答えられなかった。アズマから視線をはずす。自然とうつむき加減になる。

 ふと、手に温かいものがふれた。見るとマリアが、自分の手を重ねていた。

「あたしは大丈夫だから。行っていいよ、アンジュ」

「……」

「今度は本当だってば」

 前日の件があるため、信用しろという方が無理だ。にも関わらず、アンジュはそれを口にできなかった。

 ふとマリアの手に力がこもり、アンジュの手を引き寄せた。

「そろそろ認めちゃいなって。あなたも結局、詩織ちゃんが心配なんでしょ? でもって動揺した自分にまた動揺してる」

「……。そうなのかしら」

 ――あの時。ほんの一時目を離した間に、詩織の姿は消えていた。

 それに気付いた瞬間、血の気の引いていくのがわかった。マリアが見えなくなったときほどではなかったものの、衝撃で思考が止まった。

 もうたくさんだ、と――そんな言葉が脳裏をよぎる程度には。

「たぶんね。まったく、そういうところまだまだ子供なんだから」

 マリアの発言と同時にアズマが怪訝な顔をした。それを見て、マリアがにやりと唇を上げる。

「あたしと逆で身体の成長が早かったもんだから、不自然に見えないようにちょっとだけサバ読んだのね。アンジュの実年齢、16歳。アズマ君といっしょ」

「!」

「まあ話戻すけどね? つまり、さ」

 マリアがアンジュに目を向ける。彼女らしからぬ優しい表情だ。


「アンジュは結局、好きなんでしょ。詩織ちゃんのこと」


 あっさりと、マリアはまとめてみせた。

 アンジュは無言でマリアを見返す。マリアを否定することはできない。しかし、肯定もしたくない。そんな初めての感情に困惑する。

 マリアがふとんの中で肩をすくめた。

「仕方ないな。じゃあ今日のところは“命令”ね。――行って。あいつから詩織ちゃんを取り戻してきてよ、アンジュ」

 その言葉で一気に心が凪いだ。

 アンジュはうなずき、アズマに向き直った。

「同行するわ。よろしく」

「……ああ」

「あ、アズマ君てば勘違いしてない? あたしが詩織ちゃんの悪口ばっか言うクセにとか思ってたでしょ、今」

 マリアが、今度はいつもと同じいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「あたしも詩織ちゃんのことは好きなんだからね? アンジュと“クリス”は、詩織ちゃんのおかげで普通の生活ってやつを体験できたんだし、意外と楽しんでたし。それを他の奴に取られるなんて……許せない」

 最後の声は低かった。そんなマリアを、続いてアンジュを見たアズマは、その視線を床に落とした。

「俺も相川には借りがある」

「しかし、雷君、杏樹君。本当に2人だけで――」

 詩織の父がこの場で初めて口を開いた。アズマがふり返った。

「昨日のSPM発動。最低でも鳥戸と棚戸はつぶれてる。たぶんツカサも、まだ本調子じゃない」

「ユノさんとシバさんはひとまず閉じこめてあるしね。むしろ仕掛けるなら今のうち。全員が回復してからじゃ、こっちが圧倒的に数不足だからねー」

「……そうか……」

 問いが続かないことを確認し。マリアは表情を引き締めた。

「場所はSPM国際研究所ニホン支部。神崎ツカサ本人がそう言った。アズマ君は場所知ってるんでしょ?」

「ああ」

「善は急げだね。ってことで、ゴー!」

 アンジュとアズマは同時に身をひるがえした。

 足音さえほとんどたてず、風のように駆けていった2人を、詩織の父と貴島は言葉ひとつなく見送った。

 「ふう」と気力を使い切ったように息を吐き、マリアも静かになった。

 少しして、詩織の父がぽつりとつぶやいた。

「私は……父親失格だな」

「旦那様」

 気遣うように貴島が遮った。マリアはだるそうに片目だけ開いた。

「自分でそう思うんなら、そうかもね」

 返答はなかった。マリアが次に耳にしたのは、2人分の足音と、静かに扉が閉まる音だけだった。



            * * * * *




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