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-BLACK MARIA-  作者: 高砂イサミ
7th episode
35/66

December 15 (Sat.) -11-


 アンジュさっと青ざめた。アズマが腰を浮かせる。父が、みるみる険しい顔になる。

 詩織自身は何が起こっているかわからず、ただ呆然としていた。


『あっさり認めたね、君達の、出自について……』


 言葉だけが口をついて出る。止まらない。


『本当はアンジュさんの方が妹……身体が正常に育たなかったのは、遺伝子異常による……か、“黒井クリス”というのは、何者』


「詩織ちゃん!」

 アンジュが声を上げた。詩織は顔を歪めて首をふる。それと同時に、「答え」が提示された。


『――黒井マリアの……疑似人格……――』


 父が目を見張り、アンジュに顔を向ける。アンジュは仕方なさそうにうなずいた。

 その横で「そういうことか」とつぶやいたアズマが、ふと動いた。


『相川、氏……彼は……』


 意志に反してしゃべらされているため、呼吸が苦しい。詩織は涙を浮かべながらのどを押さえた。


『国際機関と国内機関……両方に、携わ……て』


「相川」


 ぱんっ、と衝撃が走った。

 空気が急に肺へとなだれこみ、詩織は思わずせき込んだ。なんとか人心地ついてから目を上げると、アズマに顔をのぞき込まれている。

「戻ったか」

「……あ」

 詩織はうなずいた。まだひゅうひゅうとのどが鳴るものの――いまだ、こだまのように“声”が聞こえてくるものの――自分で自分を制御できないような嫌な感覚は薄らいでいる。

 ただ、頬がひりひりと痛んだ。かなり強くたたかれたようだ。

「悪い」

「いえ、平気です! ありがとうございます……!」

 反射的にぺこりと頭を下げてから、唐突に、自分が口にした内容を思い出す。

 クローン。

 疑似人格。

 それらのすべてに、父が関わっている――

「まずいわね」

 アンジュの低い声が聞こえた。詩織は奥歯を噛みしめる。まだだ。まだ、今は優先すべきことがある。

 もしかしたら、先ほどツカサに操られていた警備員と同じように、自分も。

「わ、わたし……どうしたらいいんでしょう」

 アンジュもアズマも無言で顔をしかめた。

 その時だった。



            * * * * *



 自分を包囲する4人に鋭い視線を投げかけながら、マリアはまた口を開いた。

「歓迎ありがと。だけどそろそろ戻らないといけないんだ、あたし。てゆーかさ、ツカサ氏以外――特にそこのおっきいお兄さん。本当にあたしと仲間になりたいって思ってるの?」

 葉沼が眉根を寄せた。歓迎、という雰囲気ではない。

「“師”のご意志だ」

「よくしつけされた犬どもね」

「その表現は聞き捨てならないな。彼らは同士だ。訂正してほしい」

 ツカサもさすがにむっとしたようだ。それを承けて、他の4人が殺気立つ。

「僕達は同じ血と遺伝子でつながっている。それは君達も同じだと考えるよ。君達が帰るべきは相川詩織さんのところではなく、我々“家族”のところだ。違うかな」

「――はっ!」

 マリアは、思いきり鼻で笑った。

「言っておくけどね。あたしはあんた達のやってることに興味ないの。協力する気も口出しするつもりもないから。だから、こっちに首を突っ込んでこないでよ」

「……マリアさん」

「他に家族なんていらない。今のまま楽しく過ごせればいいの。そっちはそっちで、勝手に仲良くやってれば」

 それを聞いたツカサの表情が、態度が、豹変した。


「つまり君は、僕の敵に回るということだね」


 一拍置いて、マリアはくすりと笑った。そうしてツカサに向けたまなざしは、どこか憐れんでいるようだった。

「極端な人だなあ」

「不安要素は排除する。そうしなければ我々“M”は生き残れない」

「そりゃあ、そういう犯罪的なことやってれば、ね……」

 ふとマリアの頭が揺れる。ツカサが目を光らせた。

「どうしたのかな」

「……おなかの時計がね。ほんと、もう帰る時間だって、さ」

 小さなひたいに玉の汗が浮かんだ。それをごまかすように目を細めたマリアは、それでもふてぶてしく腰に手を当てた。

「じゃあね」

「! 葉沼、捕らえろ!!」

 はっとした顔でツカサが叫ぶと同時に、葉沼が腕を伸ばした。

 が、それよりも早く、マリアの姿は忽然と消えていた。

「なっ……!?」

「“師”。今のは」

 棚戸も困惑気味にふり返る。ツカサは無表情に手で口を覆った。

「油断したね」

「申し訳ありません……逃がしてしました」

 緊張と、わずかなおびえが混じった。他の3人も同様の反応を見せる。

 もう少しの間があって、ようやくツカサは表情を和らげた。

「仕方がない。僕も彼女がここまでやるとは知らなかったからね。人1人規模の空間移動か。……たしかトリトも、移動限界質量は10キログラム程度だったかな?」

 無言の肯定。ツカサはひらりと手を上げて応え、つい先ほどまでマリアがいた場所を軽く睨んだ。


「まだ切り札は残っている。このままでは終わらせないよ、黒井マリア」



            * * * * *



 影が落ちた。

 と思った次の瞬間、詩織の目の前に黒髪の少女がどさりと倒れ込んだ。

「マリア!?」

 すぐにアンジュがとびついて抱き起こす。少女は湯気が出そうなほど頬を赤く染めて、うつろな黒い眼をゆっくりと開く。

「おね、ちゃん……」

「何があったの、しっかりして!!」

「……いたい」

 弱々しく上げかけた手を、アンジュがしっかりと握る。

「あたま……いたいよぅ……」

「マリア!!」

「クリスちゃん……!」

 詩織も身を乗り出そうとした。

 そこで――身体が固まった。

「まさか、あいつに会ったのか」

「マリア君」

 ツカサと父の関心も“マリア”に向いている。ぱくぱくとかすかに口を動かすが、気付いてもらえない。

 背中を冷たい汗がつたう。動けない。今度こそ、声さえ上げられなかった。

「先生……」

「ひとまず頭を冷やした方がいい。氷は……調理場か」

「取ってきます!」

 アンジュが父にマリアを預け、立ち上がった。



              ――おいで――



 詩織は必死にかぶりを振った。それでも身体は、勝手に動き出していた。

「全員で動いた方がいい」

「私は大丈夫よ。マリアをお願い」



          ――おいで……相川、詩織さん――



「……助けて……っ」


 かろうじて細く上げた声が、誰かに届いたのかはわからない。

 わからないままに、詩織の視界はホワイトアウトした。



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