December 15 (Sat.) -10-
「ずいぶん、おおげさだね」
マリアはそう言いながら片方の眉を上げた。腕を解き、重心を落とす。ツカサも半身を引き、それを合図に葉沼と棚戸が身構える。
「そんなことはないよ」
「へー」
「そんなうさんくさい目で見ないでほしいな」
「あんたのことは根本的に信用してないし」
「それは仕方がないと思うよ。だけどそれにしては、あっさり認めたね。君達の出自について」
「あなたには隠す意味ないじゃない」
少し不機嫌そうになったマリアに、ツカサは挑むような視線を向ける。
「それなら。もう少し質問してもいいかな」
「やだ」
「代わりにこちらも、同じ数だけ質問に答えるよ」
いよいよマリアの目つきはうろんげになったが、ツカサは知らぬ顔で受け流す。
「こちらは君達を勧誘したいと思っているんだよ。君達のことを知りたいし、君達にこちらのことを知ってほしい。何かおかしいかな」
「……」
「答える気がある部分だけでかまわないよ」
ツカサは勝手に話を進めていく。それを、マリアも止めようとはしない。
「1つ目。マリアさん、本当の年齢は。10歳程度に見えるけれど、本当はもっと上なんじゃないか」
変なことを聞かれたとばかりに、マリアは眉をひそめた。
「はあ?」
「さしあたって10代後半か、それ以上かな。となると、本当はアンジュさんの方が妹さんという推測も成り立つね」
「……。まあ、ねぇ」
「身体が正常に育たなかったのは、なんらかの遺伝子異常といったところかな」
マリアはわずかに唇を歪めた。
泣きたいのか笑いたいのか、はたからでは判別できない。
「それでも命があるだけマシだったけど。実際あたしとアンジュ以外の子は全滅だったからねー。機関の方で手は尽くしてたみたいだけど、やっぱり技術的に無理があったんでしょ。だからこそ道半ばにして予算もなくなっちゃったわけだし」
つかの間、ツカサが沈黙する。マリアは顎を上げて嗤った。
「他に聞きたいことは?」
気を取り直すように、ツカサは口を開いた。
「じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな。2つ目。“黒井クリス”というのは何者なのか」
「それ聞きたいの?」
「純粋な興味だね」
「……あたし、面倒くさかったのね」
「何がかな」
「機関では実験やら検査やら以外にやることなくてね。でもあたしには、研究員を通して“外”の様子が少しわかる。なんであたし達だけ……っていうの、あなたにもわかるでしょ?」
「ああ。それは、とてもよくわかるよ」
「だから、SPMじゃないあたしなら、そんなことしなくてもいいのかなと思ってね」
マリアは肩をすくめた。
「自己暗示で、自分の疑似人格を作ったの。それが“クリス”」
絶句したのはツカサだけではなかった。棚戸らも「信じられない」という表情になっている。
「……それは、さすがに……予想外だったかな」
「まだ聞きたいことがある?」
「……では、次を最後に」
「粘るなあ」
あきれ顔のマリアを、ツカサが改めて見据えた。
「相川氏。彼は国際機関と国内機関、両方に携わっていた。それで合っているのかな」
マリアはわざとらしく、大きくため息をついた。
「そうだよ。ていうかクリスのこと以外、わざわざあたしに聞かなくてもわかってたんじゃないの?」
「それはそちらからの質問、1つ目かな」
「む」
意地の悪そうなツカサの表情に、一瞬、マリアの頬がふくらんだ。
「待ってよ。じゃあこっちの質問を先にする。――“ヘクセ”の次の標的は?」
「決めていないな」
ツカサは即答した。それからふっと表情をやわらげる。
「君達姉妹が協力してくれるというのなら、明日にも議事堂を襲撃しようと考えているけれどね」
「ヘーナニソレスゴーイ」
「片仮名で言われてもね」
「でもそれ、答えになってないし」
「『決まっていない』。それが答えだ」
「最初からさっさと中枢狙えばいいのに。あたし達がいなくたってあんた達の能力的には可能でしょうよ」
「それでは、いい“宣伝”にならないからね」
そこでツカサは言葉を句切る。
「君こそ意地が悪いな。僕達の目的くらいはもうつかんでいるんじゃないのかい。……というのが答えの2つ目だ」
「うーわー」
「性格悪!」とマリアが言外に訴えた。
が、次の瞬間すっと表情が消える。ツカサがさりげなく半歩退がる。
「そろそろ気付いたかな」
「あー……そういうこと……?」
「さっき君は、『隠す意味がない』と言ったね。僕達にはそうかもしれない……けれど相川詩織さんにとってはどうだろう。一連の事実を、彼女には隠しておきたかったんだろう」
「……」
「君達は他の人間とあまりに違う。僕達と同じように。いや、それ以上に」
勝ち誇るような笑みを、マリアがきっと睨みつける。
「最初から、詩織ちゃんに聞かせるための質問だった?」
「それと――時間稼ぎかな」
マリアがぴくりと顔を横に向ける。同時に扉の陰から男が2人現れた。皮肉っぽく「ハジメマシテ」とつぶやいてから、マリアは強い声を上げる。
「で。このまま帰さないっていうこと、これは?」
「できることならね」
「――あたしとやる気?」
葉沼と棚戸も動いた。
じりじりと、輪は狭まっていった。
* * * * *




