December 15 (Sat.) -9-
「情報ねぇ。それってこっちのリスクと見合うもの? あたし不公平って大っキライなんだけど」
マリアは鼻を鳴らした。ツカサが余裕ありげに微笑する。
「それは聞いてから判断してほしいな」
「じゃあ聞くだけ聞いとくわ」
「――我々“ヘクセ”の本拠地は、国際SPM研究所の日本支部に置いている」
しばし、沈黙。
「……ふーん? それだけ?」
不満げに口をとがらせて、マリアは腕組みをした。
「ぜんぜん足りないんだけど」
「ひどいな。こちらにとっては内臓をさらすに等しい情報だよ」
「ホントかなぁ」
「君達がいたのとは、おそらく違う施設なんだろうね」
反応を窺うようにツカサが続けた。するとマリアはあっさりうなずき、可愛らしい仕草で小首をかしげた。
「そーだよ。だから、あなた達第3世代といっしょにしないでほしいな。“M”の祖にもっと近いところにいるのがあたし達で、最も“近い”のがあたしなんだから」
ツカサもうなずき返す。特に驚いた様子はなかった。
「言い得て妙といったところかな」
「ああ。そこはもうバレてるわけ」
「詳しいことまでは読み切れていないけれどね、今のところは」
「どの辺まで、とか聞いたら教えてくれるの?」
「かまわないよ」
すっと、ツカサの目が細まった。
「黒井茉莉亜さん、杏樹さん。君達は国際研究所とは違う、ニホン独自のSPM研究所の産物……と、いうことでいいのかな」
「――“産物”!」
マリアは噴きだした。そのままけたけたと声を上げ、腹を抱えて笑い続ける。それをツカサは無言で見守っていた。
「まー、そうだね! そう言われてもおかしくないか!」
しばらくしてやっとそれだけ答えたものの、まだ余韻で息を切らせている。ツカサは小さく肩をすくめて見せた。
「そこまで笑うかな」
「そっちこそ、よくあたしの前でそんなこと口に出せるね。ちょっと感心しちゃった」
「では……やはり事実なのか」
不意にツカサの声が揺れ、マリアは逆に胸を張って腰に手を当てた。
「今さら」
「そうか。君達は本当に」
言いかけ、ツカサは小さくのどを鳴らした。
「祖たる、“黒川麻里”の――」
* * * * *
心拍数が上がる。金縛りにでもあったように、身体がうまく動かない。
「詩織ちゃん?」
「あ……、あの」
口は動かせそうだった。詩織はなんとかアンジュに訴えようとする。が、この状況をどう説明すれば良いかわからず、口ごもる。
アンジュが詩織に向き直った。
「ねえ。言いたいことがあるのなら言ってくれないと、こちらも困るのよ? わかっている?」
少し怒っているように聞こえた。詩織は思わずびくりとした。
「ご、ごめんなさ――」
「あやまる必要はないの。ただ行動してくれればいいだけ」
「……黒井」
アズマがたしなめるように口をはさんでくれた。しかしアンジュは取り合わない。なお厳しい表情で詩織の方へ身を乗り出す。
「黙ってやりすごそうとしないで。『何を考えているかわかりやすい』と言ったことはあるけれど、なぜ口に出してくれないの? 私達にならわかると甘えているの? それとも信用していないの?」
アンジュは息を継いだ。
「私達はもともと、赤の他人ですものね」
「!」
そういうわけじゃない、と返しかけて、詩織はそれを飲み込んだ。
代わりに目を上げる。アンジュをじっと見返す。
「……だいじょうぶ、です」
本当は人の顔を見るのが苦手だ。少し怖い。
それでも。
「何が大丈夫なの?」
「あの。きっと、無事でいると思います。……クリスちゃん」
すぐに目を伏せる。言ってしまったという思いだが、後悔ではない。アンジュがどれだけクリスを大切にしているかは知っている。だから言わずにいられなかった。
ちらりと上目に見ると、アンジュはあっけにとられたような表情で静止していた。よけいに怒らせたわけではないようなので、詩織はほっとする。
少しして、アンジュは深くため息をついた。
「本当に、どうかしているわね、私。ごめんなさい」
「あ……いえ……」
「それで」
アズマが先を促した。詩織は視線を落とし、もう一度手指を動かしてみた。今度は動いた。しかし、違和感は拭えない。
「なんか、変なんです。身体……うまく動かないような気が、して」
瞬間、アンジュとアズマが視線を交わした。詩織はぱちぱちとまたたいた。
「詩織ちゃん。それはいつから?」
「え、と、ついさっきから」
――では…………り、事実……――
「他に何か気になることは?」
「は、はい。……人の声が」
「声?」
「男の人の、声だと……思います」
――……か。君達は、本当に――
「なんと言っているの?」
「あ――……」
『祖たる、“黒川麻里”の……クローン体だというのか……!』
詩織の口は勝手に動いていた。
目の前で、3人の時間が止まった。
* * * * *




