December 15 (Sat.) -8-
「黒井アンジュ……!」
葉沼と棚戸がテーブルを飛び越え、アンジュと対峙した。ツカサは椅子にもたれたまま動かない。耶麻だけははそそくさと、ツカサの陰に退避した。
「まだ夜明けまでもう少し時間があるかしらね。こんばんは」
「なぜここがわかった」
「見つけるの、苦労したのよ?」
アンジュはさらりと髪をかきあげ、挑発的に笑んだ。
「だけどこうしてあなたを見つけだしたのだから、私の勝ちでしょう?」
「ああ、そのようだ。――第一ラウンドはね」
ツカサの目くばせと共にかすかな風斬り音がして、アンジュの首に何かが巻きついた。
バチンッ、と火花が散った。
アンジュの身体が小さく跳ね、棒のように硬直しながら前へ倒れ込む。首からほどけた金属のワイヤーは、蛇のようにくねりながら棚戸の手の中に収まった。
「これで、動けない」
棚戸が抑揚なく言った。葉沼が用心深い足取りでアンジュに歩み寄っていく。アンジュがわずかに頭を動かした。
「電、気……」
「あなたはSPMではないようだ。体術さえ封じてしまえばそれで済む」
「……っ」
「黒井クリスはどこにいる?」
充分な間合いを保って、葉沼が立ち止まる。
「彼女はSPMなのだろう」
「SPM、“師”が求めている。どこだ」
棚戸も横に並んだ。そんな2人をアンジュが上目に見る。
「答えると、思う?」
「答えなかったとしても、直にその脳に聞くことができる」
「……できるかしら……?」
「2人とも。離れるんだ」
急にツカサが強い声を上げ、椅子を立った。葉沼と芝がすばやく道を開ける。もう少し、アンジュが顔を上げた。
視線がぶつかった。互いに探り合う。ふとツカサが眉をひそめ、そして。
「……君は、アンジュさんではないね」
断言した。瞬間、別方向から声が飛んだ。
「あーあ残念。もうちょっとくらいごまかせるかと思ったのに」
横長のテーブルの端にはいつの間にか、黒髪の幼い少女がちょこんと腰かけていた。足をぷらぷらさせながらツカサに顔を向け、にっと歯を見せる。
「でもまあ、“これ”があたしにもできるってわかったのは収穫かな?」
「黒井クリス――」
「いや」
目をすがめつつ、ツカサが葉沼を遮った。
「黒井……マリアさん、でいいのかな」
食堂の入り口近くに倒れていたはずのアンジュの姿はすでになく。マリアと呼ばれた黒髪の少女は、肯定も否定もなく、テーブルからひょいと飛び降りた。
「なるほど。こんなつっまんないゲーム仕掛けてきたのは、相川先生に接近して情報収集してやろうって魂胆もあったわけか。まあこっちもちょっとばかし同じコトさせてもらったけどねー」
少女がくすくすと笑う。ツカサも苦い笑みを浮かべた。
「多少ならば読まれるのは覚悟の上だったよ。干渉が多人数になるほど、どうしても精神の“壁”は薄くなる」
「お互い様だけどね」
「それでもまさか、ついでのごとく技を盗まれるとは思わなかったよ」
「精神干渉による視覚の惑乱。なかなかおもしろかったよ。おかげで他のお仲間とやり合わなくてすんだし」
「そういうことでもなかったら、見張りに立っているはずのリョウとアシヤを疑ってしまうな」
「で?」
少女がじっとツカサを見据える。――金色の瞳。同じ“M”の血統である証だ。
しかし少女の視線に友好の色は微塵も見受けられない。
「ボーナスゲームも乗り切ったわけだけど? あたし達にだけ負けたらペナルティなんてずるいじゃない。そっちも何か、罰ゲームをしてよ」
「……。もっともだね。仕方ないな」
抗議するような葉沼の目配せを無視して、ツカサは肩をすくめた。
「それでは。我々についての情報をひとつ、君にあげようか」




