表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
-BLACK MARIA-  作者: 高砂イサミ
7th episode
30/66

December 15 (Sat.) -6-


 急に屋敷内が静かになった。

 アンジュは廊下の途中で足を止める。今の今まで屋敷内に巣くっていた不穏な気配があとかたもない。

 ちょうど西廊下もおおかたの掃除を終えたところだ。アンジュはすぐさま東廊下側へとって返した。マリアの身体が心配だ。

「マリア? ……どこにいるの?」

 廊下にはいないようなので、ひとつひとつ部屋をのぞいていく。

 次第にそのペースが速くなる。

「マリア!!」

 いない。どこにも。

 アンジュはきつく唇を噛んだ。



            * * * * *



「先生……」

 アズマが父の肩をゆさぶった。しかし目を覚ましそうな気配はない。そのうちあきらめたらしく、テーブルクロスをたたんで父の頭の下に敷くと、自分も床に座る。

 椅子は先ほどの衝撃であちこちに飛んでいる。同じく湯野と芝も、両手を縛った上でホールの隅に転がされていた。

 詩織はやっと立ち上がることができた。ふわふわと落ち着かない足を懸命に動かしながら、2人に歩み寄る。

「あの。ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げた。しかしアズマは首を振った。

「え。でも」

「守りきれなかった」

「そんなこと……!」

 本気で否定したのだが、アズマには届かなかったようだ。不機嫌そうに眉根を寄せてあさっての方を見てしまう。詩織もしゅんとしてうつむいた。

 それからしばらく、どちらも何も言わなかった。気まずい沈黙が続く。

 沈黙――

 そこへ不意に、せわしない足音と声が割り込んだ。


「詩織ちゃん、アズマ君!!」


 アンジュが階段を駆け下りてくる。ひどく険しい表情だ。そしてなぜか、クリスの姿は見えない。

「……マリアは戻っていないのね」

 降りきる前に立ち止まる。こんなに余裕のない様子のアンジュは初めて見た。

「クリスちゃんのこと、ですか」

「どこにもいないのよ」

 ぎゅっと眉をひそめたアンジュは、ひらりと身をひるがえす。

「捜してくるわ」

「あっ……」

「待て」

 アズマが強く呼び止めた。アンジュが肩越しにこちらを見る。

「何かしら」

「後にしろ。あいつなら平気なはずだ」

「なぜそんなことが言えるの」

「散々手合わせした」

「あなたは知らないのよ」

「――知るはずがないだろう」

 アンジュは勢いよくふり返った。

「ならば口出しをしないで」

「そうもいかない。こっちも苦労してる」

「このところ無理をしすぎなのよ! SPP発現回数が多すぎる! これ以上の負担がかかれば、マリアの身体がどうなるか……!」

「そこまで、悪化しているのか?」

 いつの間にか父が目を覚ましていた。半身を起こそうとして、しかし失敗する。詩織は思わず手を伸ばしかけたが、父は仰向けのまま、両目を手で覆った。

「ならばもっと、早く話してくれれば……いや……」

 ため息のように、父はつぶやいた。


「君達は、それよりも自由を選んだということか」


 アンジュの唇がゆっくりと歪んだ。

 それが詩織には、とても悲しい笑顔に見えた。

「もう隠す必要もないようですね」

「……そうか」

「黒井。聞け」

 口をはさんだアズマにアンジュが片眉を上げる。詩織は首をすくめた。が、アズマは平然と、淡々と続けた。

「落ち着け。あんたらしくもない。――あいつのことだ、考えがあって自分から姿を隠したのかもしれない」

 アンジュは一瞬押し黙り、少しして、ことさら大きく息を吐いた。

 浮かない表情ながらも改めて階段を下りてくる。その頃には父も少し回復したのか、やっと起きあがった。

「ごめんなさい。少し……取り乱していたわ」

「実際あっちはどれくらいもつ」

「よほど無理なSPP発動さえしなければ、もうしばらくは」

 アンジュが床に横座りをした。ひとまず落ち着いたようなので、詩織もその場でちょこんと正座した。

「こちらの状況は、聞くまでもなさそうね」

 ちらりと部屋の隅を見て苦笑したアンジュに、アズマがうなずく。

「トリトもいたが。消えた」

「私は警備員のみなさんの相手をしてきたわ。ざっと20人くらいかしら。まだ半分ほどね」

「なのに一切の動きがなくなった」

「私もその意図を量りかねているの。何か要因があるとすれば……」

「“マリア”」

 アズマが指摘する。アンジュが目を細めた。

「一理あるかもしれないわ。強力な精神感応力の保持者同士、お互いに相手を気にしていた。今は牽制しあっている状態かも、しれないわね……」

 アンジュがつと視線をずらす。詩織と目が合った。

「アクションがあれば……なんらかの形でわかるのでしょうね」

「ああ」

「待つしかないのかしらね」

「たぶん」

「……」

 まるで祈るように、アンジュは顔を仰向けた。

 口が小さく、“マリア”と動いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ