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11月30日。天候、曇りのち雪。
ニホンの関東都市圏としては早すぎる初雪だった。それでも人々は異常気象に対する妙な耐性を身につけていて、単純に喜んだ者も少なくなかった。なにしろクリスマスも間近の時季だ。
降り始めたのが午後遅く。宵の口には綿雪に変わって、じき本格的に積もりそうだ。
その白いカーテンと夜闇に紛れ――物陰で、じっと息をひそめる者たちがいた。黒一色で身を包み、ピンと張りつめた空気をまとう男が、4人。
「……来た」
長身の男が低く声を発した。革手袋の指をまっすぐ前に上げ、かたわらの青年に指し示す。
「あれだ。見えるな、トオル」
「……」
青年は通りの対岸、高級そうなホテルの前へとうつろなまなざしを向けた。
ホテルからはちょうど、肥えた中年男性とその取り巻きが出てくるところだった。横柄な態度の中年男は傘さえ自分の手で持たず、付き人に差しかけさせている。
一言として発することなく、澱んだ目と表情のまま、青年は左手を伸べた。ぴたりと、中年男に手のひらを向ける。
「少し距離があるが、やれるか」
問われ、青年は緩慢にうなずいた。長身の男がうっすらと笑った。
「では……速やかに実行せよ。我ら“ヘクセ”の初陣だ」
青年はすっと息を吸った。つられたように他の3人も息を詰める。
そして――
「ぐッ」
「がはっ!」
立て続けの悲鳴が夜気を裂いた。
青年のすぐ横で、2人の男が己の胸をつかみ、驚愕と苦悶の表情で膝を落とした。長身の男だけがやっとのことで踏みとどまる。
「っ、トオル……! 何をする!」
左腕を水平に薙いだ形のまま、青年はつと視線を移す。
その瞳に、稲妻のような鋭い光が閃いた。
「俺は、“トール”じゃない」
「“彼”を裏切るつもりか!」
「裏切り?」
青年の背後で車の走り去る音がした。ホテル前から人の姿は消えている。
彼らの目的は、果たされなかった。
「最初から仲間だったつもりはない」
「貴様……!」
「トオル! それを“彼”が聞いたら、なんて言うか!」
1番年若い少年が荒い息をつきながら必死の様子で訴えた。どちらかといえば目の前の青年を案じている様子だ。しかしその言葉も、青年の意思を変えることはできない。
「俺はもう――あいつのところへは戻らない」
青年が言い切った、その時。
「!!」
忽然と、黒衣の左肩にナイフの柄が生えた。息を呑んだ青年は1歩2歩とよろめいた。
「そうはさせませんよ、トオル」
長身の男の陰で、やわらかい、寒気のするような声がした。長めの髪をうしろでまとめた男がゆらりと立ち上がる。青年は震える手で肩を押さえ、3人をきつく睨みつけた。
雪は変わらず降り続く。
一切のできごとと関わりなく、汚れのない色を重ねていく。