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-BLACK MARIA-  作者: 高砂イサミ
6th episode
29/66

December 15 (Sat.) -5-


 きしみながらゆっくりと開いていく扉に、詩織は凍りついた。まず目に入るのは夜明け前の闇。人の姿はまだ見えない。詩織はもう少し様子をうかがおうとしたが、その前に、アズマが進み出た。

 上階で「どん、どんっ」と重い音が響いた。あれはアンジュ達だろうか。

 詩織の緊張は高まった。

「……シバ」

 アズマの固い声。そして、まだ見たことのない男の顔が現れた。

 これまで出会ってきた“M”とは少し雰囲気が違う。とっさにそう感じたのは、まず30前後という年齢のせいかもしれなかった。

「ご無沙汰しました。先生」

「君も……なのか」

「おっしゃりたいことは、わかるつもりです」

 痩せぎすで、気が強くなさそうな風貌だ。しかしその言葉には迷いもためらいもなかった。

「それでも私は、ツカサさんに従うと、決めましたので」

 突然アズマがふり返った。父を突き飛ばし、詩織の肩を抱いて逆方向に転がった。

 ということがあったのだと理解できたのは、詩織達のそばにあった机が吹き飛んで壁にぶつかり、耳を覆うような音を立てた後だった。

 まるで夢を見ているような気分だった。

 もしアズマがいなければ。今頃どうなっていただろう。

「……お前は来ると思ってた」

 アズマは身を起こしたようだ。詩織はうつぶせで背中を押さえつけられていて、話を聞くことしかできない。

「オレがこねーで誰がくんだよ!」

「……」

「んだその目は! バカにしてんのかぁ!?」

 覚えのある乱暴そうな声。確か名前は『湯野』だったろうか。

 と思ったところで、背中にかかる力が消えた。

「おぅあっ!?」

 裏返った悲鳴にぱっと顔を上げる。アズマは2人を相手に中段蹴りを仕掛けたところだった。湯野が芝をかばいながら必死によけている。見かけどおり、芝は格闘向きではないようだ。

「おまっ、ちょ、まっ」

 息もつかせぬ連続攻撃を続けるアズマと、逃げる湯野。完全にアズマが押している。

 湯野が足をもつれさせた。機を逃さず突きだしたアズマの拳が湯野のこめかみをかすめた。湯野がたまらず膝をつく。アズマはさらに畳みかけようとした。

 しかし寸前で手を止め、後方に跳ぶ。一瞬前までアズマが場所に光が閃いた。光はすぐに落ちて固い音を立てる。それはよくみかける市販の食事用ナイフだった。


「トオル……いつそんなことができるようになったんです」


 また知った声だ。少し遠くから聞こえた。どこかに隠れているのだろうか。詩織は見える範囲を懸命に探したが、姿をみつけることはできない。

 アズマが虚空を睨んだ。

「トリトか」

「挨拶も済まさないうちに襲ってくるとは、感心しませんね」

「……どの口が」

「湯野も何をしているのですか」

「そんなこと言われてもよぉっ――」

 言い返しかけた湯野の側頭に、アズマが容赦なく蹴りを見舞った。

 湯野は横ざまに飛んで昏倒した。残された芝が立ち上がり、後じさる。怯えているようにも見えたが、アズマもまた慎重な様子で退がってきた。

「先生」

 詩織には「動くな」というように手を上げて見せ、父の方へ移動していく。

「私は大丈夫だ」

「離れないでください、先生」


「トオル。君とはあまり訓練を一緒にしたことはなかったね」


 芝が、ゆらりと身体を揺らした。

 アズマは眉根を寄せた。

「そのはずだよね。僕は“師”に聞いているから、君の能力について、よく知っているよ。だけど君は、僕のことをあまり知らないよね?」

「……」

「それで君は、僕に手を出せないんだよね……?」

「だからどうした」

「僕はね……こういうこともできるんだ」

 芝は静かに目を閉じた。

「えっ……?」

 直後、アズマと父が同時にうめき声を上げ、頭を抱えて膝を落とした。詩織も少しだけ違和感を覚えて思わず耳をふさぐ。しかし何が起きているかはさっぱりわからない。

 わかるのは、今も2人が苦しんでいるらしいことだけだ。


「――助かったよ、トオル」


 芝が目を開いたと同時に、父が崩れ落ちた。アズマの方はかろうじて意識を保っているようだ。床に両手をつき、大きく息をついている。

「手加減してくれて、ありがとう。僕も君と同じで、能力の制御に、けっこう苦労するタイプでね。暴発すれば、必要以上に害が及んだかもしれないね」

「先生……!」

「手加減したよ。気絶していただいた、だけ」

 遠目ながら父親の背がゆっくりと上下しているのはわかった。それを確認するまで自分の呼吸が止まっていたことに気付き、詩織は無理やり息を吸いこんだ。

「君だって、身動きできないくらいだろう? そういう風に、神経を“震わせた”」

 芝はそろりと身を乗り出した。アズマが半ばほど顔を上げる。

「ねえトオル……そろそろ、戻っておいでよ。“師”は、君を心配しておられる」

「まさか」

 アズマは低く、低く吐き捨てた。芝がびくりと肩を震わせた。

 それでも意を決したように、もう半歩前へ出る。

「“師”を疑うのかい? あの方は君の、たった1人のお兄様じゃないか」

「そんなことは関係ない」

「僕達には公的な身分がないんだ。あの方の下以外に、僕達の居場所なんて、どこにもないじゃないか。君だって――」


「勝手に決めるな!!」


 ゆらりと、アズマが立ち上がった。芝が口を開けて大きく目を見張る。

「も、もう動けるのかい」

「少し“軌道”を外した。……もう覚えた」

 黒い瞳が芝を捉えた。


「次は、利かない」


 詩織の視界からアズマが消えた。と思った次の瞬間、アズマは芝を殴っていた。芝は文字通りふき飛んで動かなくなった。

 それを見届けたアズマは、つと天井を見上げる。

「……逃げたな」

 詩織もつられて上を見た。どこかでこちらの様子を伺っていたはずの鳥戸が、完全に気配を絶っている。

 アズマがふっと力を抜いた。それでひとまず安全らしいとわかった。

 崩れるように、詩織はその場でうずくまってしまった。



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