December 15 (Sat.) -4-
アンジュの言葉が合図となったように、警備員達が殺到してきた。
手の届くぎりぎりの位置まで引きつけてから、跳ぶ。先頭の男の頭を手をついて勢いをつける。
立て続けに鈍い音が響いた。空中で回転させたアンジュの両脚は、それぞれ1人ずつを蹴り倒していた。床には降りない。手近な男の肩を踏み台に再び跳躍する。3人目の顔面に膝蹴りを極めて、アンジュは叫んだ。
「マリア!」
「大丈夫だよ」
「あなたは省エネでね」
「はーいっ!」
今度はほとんど伏せるように両手両足で床に触れる。バネのように真上にはじける。掌底が4人目の顎をとらえた。少し力の加減を間違えたか、骨の割れる感触があった。
「おっとっ」
マリアの声に続き、「ぱかん」と固いものどうしのぶつかる音がした。
目を向けると、男がマリアの前で顔をおさえてうめいていた。マリアの手には警棒がある。相手から奪ったのだろう。問題はなさそうだ。
認識も思考も一瞬で済ませる。残る3人を当て身で落とし、仕上げにマリアの前でうずくまっていた男にも手刀をくらわせた。
「ひとまず、こんなところかしら」
「お疲れー」
後でまた襲ってこないよう、ネクタイとベルトで手足を縛っていく。その途中、マリアはぴくりとあさっての方を向いた。
「何かあった?」
「先生達の方……誰か接触してる」
「あら」
「あと西廊下。火、つけられたっぽい」
アンジュはマリアをさっと小脇に抱いた。
「西廊下ね」
「ライターかな。まだそんなに燃えてないよ」
即決で西廊下を目指す。屋敷ごと燃やされてはかなわない。相川氏の方は、アズマがなんとかしてくれるだろう。
「薄情者」
腕の中でマリアが薄く笑った。
アンジュもにっこりと笑い返す。
「まったくどうでもいいとは思っていないのよ?」
「後回しでいいとは思ってるくせに」
「……ふふ」
向こうの壁の影から男が2人、こちらへ向かってくるのが見えた。
はずみをつけて床を蹴る。一気に距離を詰めて1人目のこめかみにハイキックを見舞う。よろけた男にぶつかられたもう1人はのど元への鉄拳で仕留めた。
「あと何人だったかしら」
「まだけっこういるみたいだけどねー」
何人いようと同じこと。邪魔するのであれば排除するだけ。
マリアが望むのであれば躊躇はない。
なぜなら彼女は、唯一の――
「ちょっと……止まって」
不意にマリアが袖をひっぱった。急ブレーキを踏んでからのぞき込んだ顔は、血の気を失って青白い。
「マリア」
「頭痛きちゃった……」
そっと床に下ろすと、マリアはその場で座り込み、壁にもたれて膝を抱えた。
組んだ腕に顔をうずめる。その奥からくぐもった声が聞こえた。
「ごめん。動くのつらいかも。先に行ってくれる……?」
「あなたを置いてなんて!」
「お願い」
ちらりと、有無を言わせぬ強い眼光がのぞいた。
「大丈夫。身を守るくらいのことできるよ」
「……」
アンジュは深く息を吸い、吐いた。マリアのことだ。これ以上は何を言っても無駄だろう。ならばぐずぐずせずに先へ行かなければならない。
「それなら、“掃除”の済んだ部屋にいてくれるかしら。しばらくは安全なはずよ」
「ん」
「気をつけて」
「うん。アンジュもね」
つかの間。アンジュは呼吸を止めた。
マリアに名を呼ばれたことなど、いつ以来だったろうか。
「――ありがとう」
急激に沸き立った気分をなだめつつ、アンジュはまた走り出す。
そうだ。マリアさえ――ただ1人の家族がいてくれれば。他には何もいらない。
だからこそ、今回の件ではツカサを許せなかった。
「必ず排除するわ。あなたが私とマリアの静かな生活を乱すのであれば。
……覚悟なさいな。神崎ツカサ」
独白して、アンジュは微笑んだ。
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