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-BLACK MARIA-  作者: 高砂イサミ
6th episode
27/66

December 15 (Sat.) -3-

 詩織はしばらく、その場にぼうっと突っ立っていた。

 が、後ろからかちゃかちゃと音が聞こえ、我にかえってあわててふり返る。それはアズマが割れたティーカップを拾い集める音だった。

「て、手伝います」

「ああ」

 返事は少しばかり不機嫌そうだった。その様子をちらちらと見ていると、不意にアズマが声を上げた。

「先生。離れないでください」

 何やら周囲を見回していた父が、こちらを向いて苦笑した。

「さすがに割れ物を入れるようなものは用意しなかった」

「後でいいですから」

「そうか」

「……すいませんでした」

 まだ床に膝をついたまま、アズマが頭を下げた。父が絶句する気配が伝わってきた。

「何がだね」

「巻き込むつもりじゃなかった」

「それは、君が謝ることではないだろう」

 アズマはもう答えず、黙ったまま立ち上がった。

 父は小さく頭を振った。

 拾える程度の破片の回収は終わった。詩織は手を切らないよう気をつけながら、それをテーブルに乗せる。アズマもそれに倣った。

 しばし、沈黙。


「――詩織。聞かないのか」


 唐突な父の問いに、詩織はぴくりと姿勢を正す。

「はいっ」

「何か聞きたいことはないのか」

 聞きたいこと。それなら山のようにある。

 しかし、詩織はかぶりを振った。

「だいじょうぶです」

 下手に踏み込んだことを尋ねれば、アンジュやアズマの気を散らせてしまいそうな気がする。そうして邪魔になるくらいなら聞かなくてもいい。聞かなくても詩織は困らない。少なくとも今のところは。

 と、父はかえって困ったような表情になった。詩織はきょとんと目を見開いた。

「あの。わたし、何か」

「香織から聞いていたとおりだ。お前は聞き分けがよすぎる」

 褒められているわけではないようだった。

 そしてそれ以上に母の――“香織”の名が出たことで、詩織の胸はざわめいた。

 亡くしてからまだ2年。決して、忘れられたわけではない。

「ともかく座ろう。『今日』は、まだ始まったばかりだ」

 父が促した。詩織はおとなしく椅子の背に手をかけた。

 ところが。


「来た」


 アズマがつぶやいた。

 かちん、と正面扉の鍵の開く音がした。



            * * * * *



 2階東側の廊下に足を踏み入れると、どの室内からも複数の気配が伝わってきた。アンジュは立ち止まり、注意深く周囲を見渡す。

 警備の人数を増やしたことが完全に裏目に出てしまったようだ。

「元々ただの煙幕のつもりだったんでしょ? アテがはずれて残念だったねぇ」

「そうね……」

 数をあてにしたわけではなかった。“ヘクセ”はその性質上、人目につくような行動は敬遠するだろうと、それを見込んでの増員だったのだ。

「そこを逆手にとってくるなんて、なかなかやるよねぇツカサ君。あの人数に暗示をかけてほぼ自在に操るとか。さすがに動きの精度は大したことないけど」

「そうね」

「先生はここまでの能力値があるって知らなかったっぽいよね? 実験中は隠してたってことかな?」

「そうね……あなたと一緒で」

「やだなぁ仏頂面。怒ってるの?」

 少女の小さな手がアンジュの頭をなでた。腹を立てているわけではないし、彼女もそれはわかっているはずだ。

 知らず知らずのうちに苦笑が浮かんだ。

「……マリア」

「ん、なに?」

「また呼べたことが嬉しいの」

「先生にもバレちゃったからね。もういいよ、呼んでも」

 気分も表情もゆるみかかったのを、アンジュは無理やり引き締めた。

 一番近い部屋のドアが緩慢に開く。ぬっと制服の腕が伸びる。アンジュは迷わずそれをつかんで思いきり引いた。本体がつんのめるように部屋から出てくる。その足に足をかけて駒のように転がしてやる。

 跳躍する。仰向けに倒れた男のみぞおちを、落下の加速つきで踏みつけた。

 ぐえ、と妙な声を上げ、男は気絶した。

「ごめんなさいね、間が悪くて」

「手加減してるー?」

「もちろんよ」

 本気を出せば腹を踏み抜くくらいのことはできる。

 などと、“マリア”が当然知っていることなど口にしない。

「ああ。さっそく次が来たようね」

 次々と扉が開いていった。アンジュは奇妙な高揚感に口の端を上げた。

「ここはとりあえず、8人かな」

 マリアが金の眼を細めながら断言した。その間にも順次、制服やスーツの男達が部屋の中から姿を現す。誰も彼も焦点の合わない不気味な目をしていた。

「わー! キモーい!」

「いつか観たゾンビ映画みたいね」

「詩織ちゃんが怖がって逃げちゃったやつね!」

 大喜びのマリアを床に下ろし、軽く肩を回して、ぐっと脚に力を矯める。


「それでは。端から片づけましょうか」



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