December 15 (Sat.) -2-
「……あなた、神崎ツカサさん?」
アンジュは確信している様子で警備員を睨みつけた。“彼”もまた「わかっているくせに」と言いたげな答え方をする。
「黒井アンジュさん。また会えたね」
「語義を誤って記憶しているのかしら。『会う』というのは実際に本人同士が顔を合わせることではないの?」
「その点は素直に詫びておこうか。でも僕は、重責を担う立場だからね……そうとわかっていながら危険の前に身をさらすわけにいかないんだ」
「先頭を行かないリーダーについていこうだなんてよく思えるものだわ」
「皆は僕が僕自身を守ることこそ責務だと思ってくれているからね」
警備員の顔が、くっと上がった。どこを見ているかわからないうつろな目が相当に不気味だった。
「それはそうと、相川先生もおひさしぶりです。突然辞任されたと聞いたときには驚きましたよ」
「……私も驚いているよ、師君」
押し殺したような父の返答に、警備員は――ツカサは冷笑した。
「何に驚かれたのです。僕達がこのような行動をとるに至った理由が理解できないとでもおっしゃるのですか。そんなことはないはずだ……“M”と直に接していたあなたならば」
よどみなく言い切ってから、人形のようにかくかくと首を揺らす。
「いえ。やめましょう。今日はそんな話をしにきたのではありません」
「脅迫文まで送りつけておいて、よくそんなことが言えるわ」
「つまり効果があったということかな。現に君達も来てくれた。感謝しているよ」
「あなた――」
アンジュがさらに言い返しかけたのを、父が止めた。その父もまた、詩織まで緊張するほど厳しい表情をしていた。
「1つだけ聞きたい。師君、研究所の皆をどうした?」
焦らすようにゆったりと間をおいて。ツカサは、それなら、と楽しげな声を漏らした。
「ご心配には及びません。全員が元気に働いていますよ。僕の下で……ね」
父がきつく眉根を寄せた。
そこでアンジュが、「ぱんっ」と断ち切るように手をたたいた。
「いい加減本題に入りましょう。ツカサさん、あなたその警備員の意識を借りているということは、さすがにそう遠い場所にはいないのでしょう?」
「さすが察しがいい」
「何を企んでいるの?」
「ある程度予想しているだろうに、あえて僕に言わせるんだね。そういうところも、決して嫌いじゃないよ」
ツカサは大仰に両手を広げた。
「君達の望みとあらば、すぐに試験を開始しよう! 君達2人が、我ら“ヘクセ”にふさわしいかどうか。僕自身の目で見極めさせてもらおうじゃないか!」
「私達は別に、あなたに認めてもらわおうなどと思ってはいないのだけど」
即座にアンジュが言い返すも、ツカサは聞いているのかいないのか、それとも聞く気がないのか、詩織にはよくわからなかった。
「合格条件は1つ。今、僕は屋敷の内部にいる。だからアンジュさん、クリスちゃん。君達2人で僕を捜し出してほしい」
「!」
「期限は今日が終わるまでだ。果たして僕のいる場所までたどり着くことはできるかな?」
「もし、不合格なら?」
アンジュが強い口調で問い返す。と、ツカサは不意に声を低めた。
「その程度であれば用はない。本来の“予告”を、実行に移すだけだ」
警備員の顔が浮かべた人形の笑みは、詩織をぞっとさせるに充分だった。
震える手で強く心臓をおさえつける。吐き気をがまんする。アンジュに言われたような足のひっぱり方はしたくない。
「障害はそれなりに配置しておいたけれど、君達ならクリアできると信じているよ。さあ……試験開始だ」
「“姉さん”!!」
クリスが鋭く叫んだ。同時に警備員が吼え、突進してきた。
太い腕がアンジュにつかみかかる。アンジュはよけずに肩をつかませた。
その横にはもうアズマが回り込んでいた。低い体勢から足払いをかける。膝裏への衝撃でバランスを崩した警備員の腹部に、アンジュが肘をたたきこんだ。
警備員は白目を剥き、前のめりに倒れた。アンジュが巨体をひょいとよける。支えのない身体はそのまま大の字に広がった。
「警備員全員、“こう”なってるってことかな。あーあ。本当の狙いがあたし達ってとこまでは読めてたけど、まっさかこんな荒技で来るなんてねー」
「……あ」
横からの憮然とした声に、詩織は半歩、後ずさった。
クリスが金色の眼でちらりとだけこちらを見た。それからおとなびた仕草で髪をかき上げる。
「先生を護衛する方向でしか対策練ってなかったよ。まあいいや。来いって言うんだから行ってあげよっか。あ、アズマ君は残ってね。試験とやらの最中に先生が襲われない保証はないし、探しに行くのは例の“お兄ちゃん”なわけだし? さっきは一応、思ったより落ち着いてたみたいだけどー」
「わかった」
アズマがあっさりとうなずいた。表情がやや冴えないものの、以前のように取り乱した様子ではない。その様子が詩織を少しだけ落ち着かせてくれた。
つまらなそうに口をとがらせてから、クリスは詩織と、詩織の父を見返った。
「そういうわけだから、3人はここでおとなしく待っててね。すぐにあいつ見つけだしてボコって戻ってくるから」
アンジュが身をかがめ、すくい上げるようにしてクリスを左腕に座らせた。重さなどまったく感じていないような動きだった。
「万が一の時は2人をお願いするわ、アズマ君」
「そっちもがんばってねーっ!」
クリスが手を振り、アンジュが会釈した。
その時、父が1歩前へ出た。
「――マリア君!」
迷わず2階へ向かおうとしていたアンジュが、ぴたりと立ち止まった。
代わりにクリスが振り向く。肩をすくめ、いたずらっぽくぺろりと舌を出した。
「話はまた後でね、センセ。……本当に気をつけてよね?」
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