表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
-BLACK MARIA-  作者: 高砂イサミ
6th episode
25/66

December 15 (Sat.) -1-


 飾り棚の置時計が、ぴったり12時を指した。


 詩織は思わずドキリとして背筋をのばした。しかしアンジュとアズマ、そして父には動じた様子もない。木目調の高級そうな丸テーブルを囲み、そろって紅茶を飲む光景は、まさに平和そのものだった。

 ただし。その場所はエントランスホールで、扉の正面だ。スペースがあるため屋敷内で1番立ち回りがしやすいのだとアンジュが言っていた。それで他の部屋からテーブルと椅子を運んできたというのが現在の状況だ。

「……あの。静かですね」

「そうね」

 貴島をはじめとした警備以外の使用人は、これもアンジュの指示により、屋敷を出された。警備の人間も近くにはいないようだ。聞こえてくるのはティーカップの鳴る音、そしてこの場にいる5人の呼吸音くらいだった。

「不安かしら?」

 カチャリ。アンジュがカップを置く音が、妙に耳についた。

「仕方がないのよ。連中に対抗できない者がここにいたとしても、足手まといなだけ」

「あ。はい――」

「ねえねえ、シオリちゃん」

 となりの席のクリスが急に顔をのぞきこんできた。反射的に、詩織は頭を後ろに引いた。それからすぐ、今のクリスが詩織のよく知るクリスに戻っているのだと思い出す。

 脅迫メールがきて以来“もう1人”になっていることも多かったため、つい警戒モードになってしまった。詩織は反省した。

「なに? クリスちゃん」

「シオリちゃん、顔青いよ。だいじょうぶ? 具合悪くない?」

 詩織がはっと頬に片手を当てると、顔は熱く、指は冷たくなっていた。

 クリスはにこりとした。詩織の手をとって両手で包み、ぎゅっと握ってくれる。

 温かい。

 と、アンジュが詩織に向き直った。

「無理はしないで。事前に我慢をしていて、いざという時にパニックになってしまうのが一番困るのよ」

 言っていることはわかるので詩織はうなずいた。しかしどうすればいいのかよくわからない。困惑していると、クリスが今度は腕に抱きついてきた。

「あのね。怖い時に『怖い』って言っちゃえばいいんだよ。今のうちに怖いと思ってたら、あとで怖くなくなるよ、きっと!」

「クリスちゃん……」

 本当に心配してくれているのがわかった。それだけで嬉しくて、気持ちが楽になるようだった。

 だから笑顔で「大丈夫だよ」と答える。クリスは嬉しそうに笑い返してくれた。父とアズマはちらちらとこちらをうかがっていて、その仕草がそっくりだったため、詩織はそのことでも和んでしまった。

 アンジュだけはもの憂げな表情のままだった。カップに添えた指がゆっくりと、しかし間断なく動き続けている。

「あまりのんきなことを言っていないで」

「お姉ちゃんてば。こわい顔ー!」

「杏樹君。今から気を張りすぎていては後々もたないのではないかな」

 意外にも父が加勢し、アンジュも驚いた顔をした。

 父は詩織が記憶していたよりも、いくぶん穏やかな調子で続けた。

「それにしても、ただ座っているだけでは退屈だ。眠くもなる。何か、話をしないか。君達と顔を合わせるのもひさしぶりだ。特に――」

 父は座り直し、テーブルの上で指を組んだ。

「雷君。君に何があったかを聞いておきたい」

 アズマがはっと顔を上げた。しかしすぐに、父から目を背ける。

「直接の担当ではなかったから、君と直接話した回数など数えるほどだが。気になってはいたんだ。会うごとに、君の表情は暗くなっていくようだった」

「……」

「実を言えばあの頃は、あまり踏み込むべきではないと考えていた。しかし今、それは間違いだったと悔やんでいるよ。そんな眼をした子を……私はまだ、他に知らない」

「……子……?」

 ちょっとした違和感に、声が出てしまった。

 父から見れば二十歳前くらいでも“子供”なのかな、などと、思った矢先。

「詩織ちゃん。アズマくんは16歳、あなたとふたつ違いよ」

「!?」

「まだ言っていなかったわね。ごめんなさい?」

 一瞬息が止まった。

 てっきり、アズマはアンジュと同じくらいのオトナだと思っていた。口を開けたままアンジュを見れば、頬杖をつき、少し意地悪げににこにこしている。

「……杏樹君、もしや君は、君達のことも――」

「先生?」

 脅迫的な一言に遮られ、父がかすかに苦笑する。詩織は一層わけがわからなくなって、アンジュと父を交互に見た。

「話がそれてしまったようだ。雷君、……話してくれる気はないのかな」

 アズマは手元のティーカップに目を落としている。口を開きそうな気配は、ない。

 やや長めの沈黙の後、父は短く息を吐き、クリスに視線を移した。

「玖璃須君。今の生活はどうかね」

「楽しいよ! お姉ちゃんとシオリちゃんと、今はお兄さんと、家のお仕事したり遊んでもらったり!」

 クリスは詩織から離れ、勢いよく身を乗り出した。父の口元がゆるんだ。

「そうか」

「でもほんとはね、シオリちゃんが学校に行ってるときはちょっとつまらない」

「そうか。体の具合は?」

「だいじょうぶ! 元気だよ! ……ときどき、ちょっとだけ頭が痛くなるけど」

「……頭痛?」

 父は、また真顔になった。

「それは――良くないな。今日の件が無事に済んだら1度診てみよう」

「けんこーしんだん?」

「そう、健康診断だ。悪いところがみつかれば治せるかもしれない」

「はーい!」

 クリスが元気に手を上げた、その時。

 不意に影が差した。

 かっちりとした動作で歩み寄ってきたのは、オリーブ色の制服姿。相川家の私設警備員だ。

「失礼、いたします。旦那様」

「どうした」

「ご報告がございまし、て」

 急に空気が張りつめた。クリスまでが笑顔を消し、体格のいい警備員を真剣な目で見上げた。

「何かあったのか」

「はい、で、伝言、が」

「……何を言っている?」


「で――ででででん、ご」


 様子がおかしい。

 詩織が恐怖を感じたその瞬間には、アンジュとアズマが椅子を蹴り、詩織達の腕を肩を強引に引いて下がらせる。ティーカップがひとつ、ふたつ。床に落ちて割れた。

 警備員がぴたりと静止した。首を「かくん」と前に落とす。

 そして。


「やあ……おそろいだね。今の時間なら『こんばんは』、かな?」


 低く太い声はそのままに。がらりと口調が変化した。

 それが“ツカサ”の口調だと気づいた詩織は、血の気が引くのを感じながら立ちすくんだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ