表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
-BLACK MARIA-  作者: 高砂イサミ
interval 2
23/66

December 14 (Fri.) -1-


「“師”よ……もはや、トールを無理に連れ戻さなくとも良いのでは?」


 まっ白な壁に囲まれた部屋。そこに13人が集っていた。しかしその中で、ツカサに対して直接意見できる者は限られている。立場的に、あるいは心理的要因で。

 その数少ないうちの1人が葉沼だ。長身をまっすぐにのばして、しかし緊張気味に、言葉をつなげる。

「彼の力は危険です。ともすれば我々の障害になります。いっそ、排除を」

「そういうわけにはいかないよ」

 やわらかな否定の言葉に、葉沼は押し黙った。

 ツカサは腕組みしたまま足を組み替える。部屋の奥の壁際でパイプ椅子に座っているだけだが、整然と居並び彼を見つめる他の12人からすれば、いわば玉座だ。

「そんなことを言っては可哀想だ。あれも我々と同じ“Mの系譜”、被害者であることに変わりはない」

 何人かがうなずいた。特に年若いシンが何度も首を縦に動かしている。

 ツカサは微笑し、優しげに目を伏せた。

「あれには僕が必要だ。今は少し心乱れているだけだよ。また戻ってくる……必ず」

 合図もなく全員が一斉に頭を垂れた。

 しかし玉座の主は、彼らではなく、どこか遠い場所を見ているようだった。



            * * * * *



 予告の土曜日まで、“ヘクセ”の動きはなかった。少なくともウェブニュースなどで具体的な活動や事件の情報は上がっていない。

 だから詩織は、半分夢を見ているような気持ちでその日を迎えた。ひさしぶりに父親と再会することも含めて。


「こんばんは先生」

「こんばんは! お泊まりにきました!」


 時刻は午後6時。相川邸のエントランスホールで黒井姉妹が順に挨拶した。その後ろでアズマも会釈をした。

「皆様どうぞ、お待ちしておりました」

 腰を低くして貴島が言う。スーツ姿の詩織の父はその後ろにいて、4人の来訪者を一瞥すると、すぐに背を向けた。

 今年で還暦を迎える父の広い背中は、まだしゃんとのびている。が、やはり疲れがにじんで見えた。貴島に聞いていたスケジュールのとおりなら、昨夜海外から帰ってきたばかり。詩織はそんな父親の身体が少し心配だった。

「研究職まで……か」

 ふり返りもせず低くつぶやいた父に、アンジュが応じる。

「こうなる可能性は充分にありました。現在の研究所の職員も、大半が音信不通なのでしょう?」

「だからといって、君達が揃って来なくとも良かっただろう」

「そんなことをおっしゃらないでください。お世話になった先生が狙われているというのですもの。心配でいてもたってもいられません」

「……相変わらずだ」

 父は、心ここにあらずといった調子だった。

 詩織はこっそりとまわりを見渡す。父の邸宅は、まさに映画に出てくる洋館そのものだ。吹き抜けの天井の高さもやわらかな絨毯も、きれいなシャンデリアも。マンション暮らしの身には場違いすぎて落ち着かない。

 と。

「詩織。元気か」

 急に声をかけられ、詩織はのどを詰まらせた。

「……は、はい」

「そうか」

「お、お父さんは」

「見ての通りだ」

「さあ皆様、まずはお部屋へご案内を」

 明るい調子の貴島に再び促され、詩織達は1階の奥へ。詩織の父はエントランス正面の階段から2階へ上がっていった。

 結局、父の顔をまっすぐに見ることはできなかった。

「先生こそ相変わらずのご様子ですね」

 にこにことアンジュが言った。すると先導する貴島が複雑そうな横顔を見せた。

「アンジュさんのおっしゃいましたとおり、警備は増員を依頼してございます。本日午後10時に到着の予定ですが……」

「ありがとうございます。午前0時をすぎれば気が抜けません。ですが逆に、午前0時までは襲撃の心配はないでしょう。彼らは異常なほどプライドが高いようですから」

「……左様ですか」

 ふと見上げると、アズマがいやそうに眉をひそめていた。

 詩織もなんとなくその気持ちはわかる。貴島が問いたがっているのは『本当にこれほど警備の増強が必要なのか』。対してアンジュは『わからなくていい』と暗に含ませている。そしてたぶん、お互いにそれがわかっている。

 なんというか、“オトナ”の会話だ。詩織には真似できそうにない。

「それでは、個室はこちらと、向かいの2室をお使いください。右のお部屋にはベッドが2つございます。他に何かございましたらなんなりと」

 貴島は一礼して戻っていった。

 アンジュがぽんと手を合わせた。

「さあ、荷物を置いたらこちらの部屋へ来てちょうだい。対策会議よ」

「さくせんかいぎー!」

「詩織ちゃん、あなたも来てね」

 両手を上げて復唱したクリスに続き、さらりとアンジュが言った。詩織はあやうく聞き逃しそうになった。

「わたしも、ですか?」

「もちろん」

「……? わかりました」

「それでは、また後で」

 なぜ戦力外とわかっている自分も呼ばれるのか。詩織は尋ねかけたが、やめた。その機会はまたあるだろう。

 木製扉の向こうは、小さめながら高級ホテルのような客間だった。ここに足を踏み入れたのは初めてだ。

 通学カバンを下ろして、ベッドに腰かけてみた。ふんわりと腰が沈みこみ、なぜかちょっと嬉しくなる。

 しかしすぐに頭の中がぐるぐると回りだした。

 父親が狙われているという事実。アンジュとアズマが守ってくれるような様子ではあるが、信じてはいるが、もし……彼らにかなわなかったとしたら。


 父を含めてみんなが怪我をするような、そんなことになってしまったら――?


 詩織はぶんぶんと頭を振った。そして不安をふっ切るように、できるだけ勢いよく立ち上がった。



            * * * * *



「ねえ、お姉ちゃん」

 アンジュがドアを閉めたところで、クリスが腰の辺りに抱きついてきた。

 のぞきこむとクリスの顔はわずかに上気している。まっ黒な瞳が潤んでいる。

「どうしたの?」

「あたまいたい」

「あら……」

 ――本当は、気付いていた。

 アンジュは床に膝をつき、クリスを抱きしめた。

「我慢できる?」

「ん」

「少し寝ていなさい。……“あなた”が望むことを、私は止められないから……」

「お姉ちゃん……?」

「なんでもないわ」

 不思議そうな声を耳元に聞きながら、そっとクリスの頭をなでる。


「私はいつでもあなたの味方よ。いずれ、“あなた”が終わるまで――」



            * * * * *



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ