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-BLACK MARIA-  作者: 高砂イサミ
5th episode
22/66

December 10 (Mon.) -3-


 5分後には、詩織達はマンションの屋上にいた。

 近隣に背の高い建物はほとんどなく、フェンスの向こうには日の落ちかかった薄暗い空が広がっている。髪があおられる程度には風もある。が、詩織以外の3人は上着も着ていなかった。見ているだけで震えそうだ。

 ぐるりと首を回し、大きくのびをしたクリスは、白い息を吐きながら腰に手を当て胸を張った。

「さてと。まずは確認からね。アズマ君はSPP訓練どうしてたの?“左手”、それなりに制御できてるみたいだけど」

「……」

「あーなるほど。お兄さんの指導で、ね」

 クリスは皮肉っぽく『お兄さんの』を強調した。そして何食わぬ顔で、詩織を指さした。

「じゃあ、詩織ちゃんにデコピンしてみてくれる?」

「!?」

 アズマが詩織を見下ろして、2歩3歩と後退した。

 左手を上げる。詩織に向かい、指で空気をはじく。

「あっ」

 軽い衝撃に思わずひたいをおさえる。脳内にいくつもクエスチョンマークを浮かべていると、クリスが詩織を見上げてきた。

「普通にできるじゃない。なんで時々渋るの」

「……。目測」

 アズマが低く答え、クリスが納得したようにうなずく。

「対象との正確な距離を量れるかどうかか。詩織ちゃん動いてなかったしね。今のだってもう少し深くいってたら、のーみそつぶしちゃうわけだ」

「!!?」

「でも生体だけ? 無機物にはさわれない?」

「ああ」

「へー。そういうのは初めて見るなぁ」

 詩織は「あ」と声を漏らした。アズマがSPM――超能力者らしいということはおぼろげに察していたが、どんなことができるのかは、今初めて知った。

 クリスがアズマに手招きしつつ屋上の中央に移動を始めた。アズマがそれにならう。

 2人は向かい合った。

「それじゃあこっから本番ね。よーく見ててよ」

 腕組みしたクリスの瞳は金色。アズマも同じ金の眼で見返している。

「格闘技やってるならイメージしやすいんじゃない? 力には流れがあって、それはSPPでも同じ。――こんな風に」


 ガシャンッ!


 音を立ててフェンスがへこんだ。ちょうどアズマの顔の高さだ。アズマが一瞬だけふり返り、さすがに驚愕の表情でクリスに向き直る。

「見えた? ……う、そ。さすがに1回じゃ無理だよねー」

 クリスは楽しげに、ぴっとひとさし指を立てる。

「でも慣れればわかるようになるよ。そしたら防ぐことはできなくても、身を守ることはできるでしょ」

 その指をピストルの形にして。


「身を守れれば。切り返せる」


 「ばんっ」と撃つまねをする。

 アズマが背筋を伸ばし、頭を下げた。

「教えてくれ。たのむ」

「最初から無理にでも覚えさすつもりだったけど?」

 間髪入れずに答え、クリスは無邪気そうに笑った。

「5日で仕込むから。がんばってついてきてよね。……と……」

 それまで自信に満ちていたクリスが、不意に揺れた。と思うや、アンジュがクリスの元へ駆けつけた。

「大丈夫なの」

 クリスは小さくうなずいた。軽く息を吐き、またアズマを見やる。

「今日のところはウォーミングアップ。姉さん、あとお願いね」

「ええ……」

「ちょっと疲れただけだから」

 言い置いて、クリスはとてとてと詩織の方へ歩いてくる。代わってアンジュがアズマの方へ進み出た。

「フィジカルは私が。何をするにも身体が動かなければね」

「……よろしく」

 向こうで2人が対峙した。

 いきなりアンジュが加速しアズマに蹴りかかる。

 そこでクリスは、詩織の横へ並んだ。

「クリスちゃん……」

「んー?」

「あの……だいじょうぶじゃ、ないでしょ……?」

 詩織は膝を折って目の高さを合わせた。クリスはうつろな表情で目を泳がせている。この寒いのに、うっすらと汗を浮かべているようだ。

 大急ぎで自分のコートの前を開き、クリスを中に入れるように抱きしめた。予想に反してクリスの身体は熱い。

「ん。ふふ、ありがとシオリちゃん」

「……。いろんなことできるんだね、クリスちゃん」

 クリスはこてんと詩織の胸に頭を預けてきた。

「まあいろいろねー。詳しいことは“企業秘密”、だけど」

 先ほどフェンスをへこませたのは、やはりSPPによるのだろう。いつだったかそのような力、現象があるとネット記事で読んだことがある。

 それはそうと、本当に熱い。

「だいじょーぶだってば。これくらい、慣れてるからー……」

 詩織の思考を読んだように――実際読んだのかもしれない――クリスがつぶやいた。その後が続かない。そうっとのぞきこんでみれば、いつしか目を閉じ、かすかな寝息を立てている。

 少し力を込めて抱き直す。そのままの姿勢で目を上げると、そろそろ視界も奪われそうな夕闇の中、年長組の影がすさまじい勢いで舞っていた。前の時より一層迫力が増して、しばらく声をかけることもできそうにない雰囲気だ。

「……お夕飯……何にしようかな」

 詩織は独白してみた。誰も聞いていないことはわかっていた。



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