December 10 (Mon.) -2-
「……なんなのかしら、これは」
帰宅後、メールを一読したアンジュは、見たことがないほど渋い表情になった。詩織はぎゅっと胸を押さえた。
「アドレス……わ、わたし、頭の中、見られちゃったってことでしょうか」
「……。そうね」
「2人とも、それより先にメールの中身について考えなきゃでしょー」
ひょいとクリスが割り込んできた。昨日の一件からずっと、クリスは詩織の知らないクリスのままだ。
「キザったらしい書き方だけどつまり土曜日ね。日付指定なんて気が利いてるよねー」
「笑いごとじゃないわ」
「深刻ぶって眉間にしわ寄せてる場合でもないでしょ、おねーちゃん」
クリスが軽く机をたたいた。アンジュがはっと顔を上げる。
「そう……ね。本当にね」
「相川先生だったらさすがにほっとけないでしょ?」
「ええ。見も知らぬ昔の議員先生方ならともかく」
さりげない毒舌に、クリスが噴いた。
「姉さんてば……」
「貴島さんか、先生に直接か。ともかく1度ご連絡しなければね」
気を取り直したらしいアンジュは軽く頭を振ると、いつもの表情に戻った。詩織は力を込めてうなずいた。
「すぐ、貴島さんに連絡します」
「お願いね。相川先生はある程度の事情をご存じだから、議員先生方ほど無防備に襲われはしないはずよ。もっとも彼らが一体どんな手を使ってくるか、見当がつかないのだけど」
それを聞いて、詩織はふと思う。
これまで“彼ら”に襲撃を受けた人物は元議員ばかり。そして、昨日は気にする余裕がなかったのだが、Mは国に身分を預けているとクリスは言った。
つまり、父は――
「あんまり深く考えない方がいいんじゃない? これ一応、“機密事項”なんだから」
絶妙なタイミングだった。クリスと目が合うと、猫のような笑みを返された。
「大事な秘密ってことだからね? シオリちゃんはいー子だもんね。余計なこと知りたがったり、誰かに言ったりしないよね?」
「あ。……うん……」
「えらいえらい」
クリスの横でアンジュが肩をすくめた。
「それで私達はどうするの。いくら彼らでも、襲撃の計画は極秘裏にしたいはず。わざわざ日時指定をしてきたということは――」
ガンッ
突然、部屋が揺れる勢いで奥のドアが開いた。アンジュの表情が硬くなる。が、クリスは無邪気に片手を上げた。
「おはよーアズマ君!」
「調子は……まだあまりよくなさそうね?」
本当に今まで休んでいたのなら、これほどひどい顔色はしていないだろう。
絶句する詩織の目の前でアズマはアンジュに詰め寄った。
「どこだ」
「何がかしら」
「あいつら、今度は何を」
「聞こえたの? まだ先の話よ。はい……座って」
くるりと円を描くように、アンジュが自分とアズマの位置を入れ替えた。アズマはすぐに椅子を蹴ろうとしたが、その目の前にアンジュが指を突きつけた。
「言っているでしょう。やみくもに行動するだけならばただの無謀というものよ」
と、横でクリスが首をかしげた。
「アズマ君てば。そーんなにお兄さん達のこと気になるんだ? せっかく、逃げてきたっていうのに?」
詩織があっと思う早く、アズマが力いっぱい机を殴った。天板が割れたかというほど痛い音が響いた。
伝わってくる激情が怖い。
しかし詩織はそっと深呼吸して、なんとか自分を落ち着かせることができた。なぜだかよくわからないが、昨日顔を合わせただけのツカサの方が――
思い返して、詩織は思わず震えた。ツカサの恐ろしさは得体が知れない。
「ふっふふ。ごめんごめん。怒った?」
クリスがちろりと舌を出す。
それから一転、真顔になった。
「ねえアズマ君。あいつらと戦えるようになりたい? 本気であいつらに勝ちたい?」
アズマが目を上げ、アンジュが何事かという風に目を見開く。クリスはするりと椅子からすべり降りた。
「やり方。あたしが教えたげよっか?」
なぜかギクリとした。これまで以上にクリスが遠く見えた。
そんな詩織をよそに、クリスはとことこと歩いてアズマのかたわらに立った。
「ど?」
「……」
「おっけ。じゃあ屋上行こうか」
クリスが一瞥すると、アンジュは1歩後ろへ下がった。クリスがアズマのそでを引く。アズマにも抵抗する気配はなかった。
「念のため詩織ちゃんもいっしょにね。早く上着着て」
「え、は、はい?」
「姉さん?」
「あなたが言うのなら協力するわ」
詩織が戸惑っているうちに、話はまとまってしまった。




