表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
-BLACK MARIA-  作者: 高砂イサミ
4th episode
19/66

December 9 (Sun.) -3-


 詩織はそろりと首を巡らせた。視界の隅に長身の、まっ白なコート姿が映った。

 一瞬、相手と目が合った――気がした。

 と思ったところでぐいと腕を引かれる。あやうく前へつんのめりそうになり、そのままアズマに頭を抱きかかえられた。

「元気そうで何よりだ。怪我をしたというから心配していたんだよ」

 驚いて声も上げられない詩織の鼓膜を、異様によく通る声が貫いた。対するアズマの返答は、乾いてひび割れていた。

「なんで……ここに……!」

「兄として、かわいい弟の様子を見に来たことが、そんなにおかしいことかな」

 意味ありげな空白。次いで。


「さあ帰ろう。お前がいるべき場所は、ここではない」


 急激に気配がふくれあがった。

 詩織は思わずアズマのコートをつかんだ。背中から全身を圧迫されているようで、息が苦しい。

「そろそろ理解した頃だろう。僕の元にいてこそ、お前には価値がある。他に何をするる? 何ができる? さあ、答えてごらん?」

 ざり、と気配が1歩前へ出た。

 詩織の頭をおさえる力が強くなる。冷たい手は小刻みに震えている。

「こちらへ、おいで。“トール”――」

 その時。急ブレーキをかけたような摩擦音に続き、凛とした声が響いた。

「あなたが、“神崎ツカサ”ね?」

 アンジュだ。

 認識したと同時に、圧迫感がふっと消えた。それでもまだ頭を離してもらえず、詩織は全神経を耳に集中させる。

 アンジュの声も、いつもよりずっと硬い。

「アズマ君のお兄さんね。こんにちは」

「黒井アンジュさん、と……クリスちゃんだったかな。はじめまして」

「はじめましてー!」

「思ったより早く戻ってきたね。タナトは何をしていたんだろう」

「棚戸君というの。彼はしっかりと役目を果たしていたわよ? ただ、私達の好みではなかっただけ」

「……それならよかったよ」

 そんなやりとりの合間に、クリスが詩織のそでをつんつんと引っ張った。

「ただーいまっ」

「く、クリス、ちゃん」

「はい、どーどー。おにーさんも落ち着いてねー」

 やっと解放された詩織は、まずクリスの顔を見た。予想した通り眼の色は金色だ。

 続いてアズマを見上げる。蒼白な顔のアズマは、石像のようにじっと“ツカサ”を凝視していた。

「それはともかく。神崎ツカサさん、あなたはアズマ君を連れ戻しに来たのかしら?」

 アンジュが詩織達とツカサの間に回り込んだ。ふと見ればツカサは思っていたよりも離れた場所にいて、詩織は少し驚いた。

「だとしたらどうするつもりかな、アンジュさん」

「邪魔をさせてもらうわ。彼の力があなたの手にあるのは危険と判断しました」

「興味を持ってくれたということだね。光栄だよ」

「ええ。あなた方が噂の犯罪グループだとするなら。とても興味があるわ」

 挑発的なアンジュの言に、ツカサは気障っぽく肩をすくめた。

 と同時に、再び存在感が膨張する。硬直する詩織の横でアズマが肩を震わせた。

「ただの犯罪組織と思われるのは心外だ。解放を望む者、狩られ得ぬ魔女――それが我々“ヘクセ”だ」

 認めた。

 詩織がどきりとするより早く、アンジュがきつく言い返す。

「その解放とやらのために、一体何をしでかしているというのかしら」

「手段が手荒と罵られるなら甘んじて受けよう。しかし、仮にもMの系譜が、解放『とやら』か。本気かい。君達は現状に満足しているとでも?」

「おかしいかしら?」

「……いや。そうだね、人前では言いにくいこともあると思っているよ」

 初めてツカサが詩織を一瞥した。詩織は、反射的に目をそらしてしまった。

 ツカサの失笑が聞こえた。

「僕も、君達のことをもっと知りたいと思っているけどね。特にそちらの――」

 途端にアンジュがぱっと腕を伸ばし、詩織達をかばうようにした。その向こうからわざとらしいため息が聞こえた。

「いいさ。今日のところは失礼するよ。また、近いうちにお会いしよう」

「あら。もう少し粘られるかと思っていたわ」

「今日は最初から挨拶程度のつもりだったよ。君達も、どうせ僕達のことを公表できないだろう。Mが矢面に立つことなんて、どうしたってできないんだ」

「……」

「では僕は行くよ、トール」

 ツカサのおだやかな声がまっすぐに飛んできた。

 ――本当に兄弟なら、なぜ違う名を呼びかけるのか。詩織はひどく気になったが、到底聞ける雰囲気ではない。

「信じているよ。お前はきっと、自分の意志で、僕の元へ戻ってきてくれると。……ああ、ほら。ごらん」

 ツカサはふと、公園の外を指さした。ちょうど入り口の辺りを、散歩中の茶色い毛色の犬が通りすぎた。


「犬がいるよ。かわいいね……」


 ぐ、と奇妙なうめき声がして、詩織がふり返ると、アズマが片手で顔を覆っていた。

 すぐに詩織は異常に気付く。呼吸音が聞こえてこない。

「アズマさんっ……」

「もういいんでしょ! 早く、行って!」

 唐突にクリスが叫んだ。ツカサは「はいはい」と目を閉じた。

 次の瞬間――その姿が消えた。

「……え?」

「あんの男っ!!」

「それでどうだったの、何かわかった?」

 腹立たしげに地面を蹴ったクリスとアンジュが向かい合う。クリスは金の眼を上げて吐き捨てた。

「精神感応系の中でも、自分からも影響を与えられる厄介なタイプだ。ヤバいね。能力値はあたしより上かもしれない」

「まさか!」

「冗談じゃない。このあたしが、自分と姉さんを『読ませない』だけで精いっぱいだったなんて!」

 アンジュが絶句し、クリスはがしがしと頭をかいた。

 それを視界の隅に置き、詩織は大急ぎで自分のリュックを開いた。

「腹立つ! 自分に都合のいいとこだけ、わざと『読ませ』てきたし!」

「そこまで、なの」

「詳しくは後でね。もうしばらく“出”てることにする。とにかく帰ろう……なんか疲れちゃった」

「……あんた達、平気……か」

 不意に、アズマがつぶやいた。今にも死にそうな声だ。詩織は1本だけ持ってきていたペットボトルを差しだしたが、アズマの目には入っていないようだった。

 クリスが腰に手を当て、胸を張った。

「平気。シャットアウトしてやったもん」

「あんたは」

「……え」

「何も……されてないか」

 指の間から視線を向けられ、詩織はこくこくとうなずいた。

 長く息を吐いたアズマが、ゆっくりと膝をつき、うずくまるように背を丸める。詩織はあわてて顔をのぞき込もうとしたが、クリスに止められた。

「帰る方法、考えよ。今日は貴島さん呼べる?」

「え、と。今日はお休みって……」

「あちゃ」

「タクシーを呼ぶしかないのかしらね」

「あー。詩織ちゃん名義でなら呼べるのか」

 黒井姉妹が同時に詩織を見た。

「詩織ちゃん。お願いできる?」

「わたし、ですか? 呼んだことないです、けど」

 と、アンジュが苦笑した。

「タクシー予約にも国民コードが必要なのよ。……私達は持っていないから。たぶん、アズマ君も」

「え? ……え!?」

「言っちゃうとね、あたし達“M”は、生活面一切を保証してもらう代わりに国に身分を預けてるの。くだらないオトナの事情ってやつでさー」

 横からクリスが皮肉っぽく口をはさんだ。

 詩織は信じられない思いで3人を見比べた。国民コードは出生届と引き替えに渡されて、公的機関やら諸手続やらで使用する。おそらく一生涯お世話になるものだ。それがない生活など想像できない。

「ふふ。だからね、さっきのあいつの言いたいこと、わからないわけじゃないんだなあ……困ったことに」

 何がおかしいのか、クリスがくっくっとのどを鳴らした。


「“M”が居られる場所は限られてる。それは掛け値なしに事実だからね」




 冷気がゆらゆらと立ちのぼる。

 それは、冬の冷たさだけではなく――



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ