December 9 (Sun.) -2-
公園近くの商店街にはさすがにちらほらと人影がある。その中でまっ先に目に入った自動販売機の前を、アンジュはちらりとも見ずに通りすぎた。クリスがつないだ手を引っぱって不思議そうな声を上げる。
「おねえちゃん? どこ行くの?」
「……クリス」
立ち止まったアンジュは、クリスの耳元に顔を寄せた。一言、二言ささやいて、またすっと背筋を伸ばす。
「ねえ、あなた。もうそろそろこちらへいらっしゃい。そこまで堂々と来るからには、事を荒立てる気はないのでしょう?」
歌うような呼びかけに答えが返る。
「人聞きが悪い」
歩み寄ってきたのは黒い革コートの青年だった。表情に乏しいのと口が達者ではなさそうな辺りで、初見の印象はアズマと似ている。
が、よく観察してみると、雰囲気はまったく違った。
アズマは動と静のふれ幅が大きく、意識がどこに向いているのかわからないところがある。それにくらべて目の前の青年は、彼自身の確たる意志を持ってそこにいることがわかる。伝わってくる。
アンジュはしっかりと彼に向き直った。
「はじめまして。今日は1人? 私達を『連れに』来たのでないなら、何のご用かしら?」
彼の表情が、わずかに険しくなった。
「“師”のご命令で、確かめにきた。何者だお前達」
「どういう意味?」
アンジュが微笑を貼りつけると、青年は鋭くアンジュを睨んだ。
「間違いなく“Mの系譜”。なのにSPMリストはもちろん、Mリストにさえ、お前達の名は載ってない。……なぜだ」
「……ふ」
アンジュはこれ見よがしにため息をついた。そして一転、声を低くする。
「なぜ、というならこちらこそ。あなた達、なぜSPMリストまで把握しているの」
軽くにらみつければ、青年は不機嫌そうに眉根を寄せた。
「“師”が知らないことなど、ない」
「……思ったよりも事態は深刻のようね」
「ごまかすな。答えろ」
その時クリスが、軽くアンジュの手を握った。
「おねえちゃん、本命、あっちみたい」
アンジュが一瞬だけクリスを見下ろすと、その瞳は金色に輝いていた。
さっと青年の眼の色も変わった。しかしアンジュは、小さく両手を上げて見せた。
「待って。何もしないわ。こちらとしても、目立つようなことを避けたいのは同じよ。だから……もう失礼するわね」
「待て」
機械的に呼び止められ、アンジュは表面上はおだやかに首を傾けた。
「まだ何かご用?」
「これだけは聞いてくるよう“師”に言われた」
「忠実なのね。まるで犬のよう」
アンジュの皮肉は届かなかった様子で、青年は淡々と続けた。
「『お前達に、居場所はあるか?』――と」
想定外の問いかけだった。アンジュは思わず笑みを忘れた。
それを見た青年が、1つ、うなずいた。
「そうか」
「お姉ちゃんっ!」
今度はかなり強く、クリスに手を引かれた。アンジュははっとして青年から目をそらす。
「ごめんなさい。行きましょう」
「早く、2人が!」
「ええ」
アンジュはひょいと、小脇にクリスを抱えた。と思うやぐっと身体を沈め、跳んだ。
1歩で青年の真横にならび、2歩目で後方へ置き去りにする。
クリスが腕の中で揺さぶられながら苦言を呈した。
「おね、ちゃ、これ、かえ、て、目立っ、て」
「これくらいは仕方ないでしょう?」
息1つ乱さず、アンジュは駆ける。しかしその表情は冴えない。
姉の様子を上目に見て、クリスは「やれやれ」とばかりに首をすくめた。
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