December 1 (Sat.) pm. -3-
きっかけは1人のニホン人女性がSPMと断定されたことだった。機関は彼女にSPP研究への協力を求め、彼女はそれを承諾した。
やがて驚くべき事実が報告される。彼女だけでなく、彼女の直系の多くがSPMの素養を持っていたのだ。というより、その後ニホン国内で見出されたSPMのほとんどが彼女の血統だった。遺伝によるSPP発現力の継承はいまだ実証されておらず、研究者達は勇んで、さらなる調査に乗り出した。
それは彼女の直系血族を対象とする追跡調査だった。
「要するに、彼女の子、孫、曾孫……とリストアップして、その全員に協力を依頼したの。彼らは始まりの女性の頭文字をとって“Mの系譜”と呼ばれたわ」
「あ、さっき言ってた……」
「そうね。そして――私達もその系譜に連なる者よ」
「!」
「私、クリス、アズマ君。それにさっきの連中……おそらく、全員」
詩織は首を巡らせる。アンジュはうっすらと笑みをはりつけて、その表情を崩さずに口だけを動かしている。
「アズマ君とも彼らとも、初めて会ったというのは本当よ。けれど、“M”特有の金色の瞳で、お互いにすぐにわかってしまうから」
「……え? でも……?」
アンジュの瞳は――黒、だ。
それに押し込みの4人の中でも、“ハヌマ”と呼ばれた長身の男は普通の目をしていたように思う。それとも、ただ詩織が見落としただけなのか……
「SPPを発現させる時だけなの。普段から金色をしているわけではないのよ」
的確に答えを返され、もしかしてテレパシー能力でもあるのかと、詩織はちらりと思う。が、アンジュはこともなげに続けた。
「私は少しばかり身体が強いというくらいね。詩織ちゃんの考えていることがわかるのは、あなたが素直だから」
「シオリちゃんて、思ってることすぐ顔に出るもんね」
クリスにまでそう言われ、詩織は自分の頬に手を当てた。
「そ、そうなんですか」
「嘘がつけないというのはいいことよ? 信用に値するということだもの」
「ねー」
あまりほめられている気はしなかった。
そしてそれを最後に、ふつりと、アンジュの声がやんだ。
「? アンジュさん」
「相川先生……詩織ちゃんのお父様は、ニホン側の協力者として、その研究に携わっていたの」
詩織はすぐに意味を飲み込むことができなかった。
父が研究職ということは知っていた。しかし、具体的な内容は1度も聞いたことがなかったのだ。
「私達も、もちろんお世話になったわ」
「……そう……なんです、か」
「驚いた?」
呆然とうなずく。アンジュは「でしょうね」とつぶやいた。
貴島が思い出したように車のエンジンをかけ、静かな駆動音が沈黙に割り込んだ。
詩織は前に向き直った。
「……え、と……」
バックミラーを見上げる。アズマはどこかあさっての方を見ている。アンジュは普段と変わらぬ落ち着いた様子で。クリスは膝に手を置き、少しばかり心配そうに視線を泳がせていた。詩織はゆっくりと口を開いた。
「――あの。ばんごはん……何、食べたいですか?」
「え」
クリスが小さく声を上げた。それから、ぱっと笑顔になった。
「シオリちゃん、わたし、ハンバーグがいいな!」
「そういえば……最近作ってなかったね」
「お手伝いする! いっしょに作るー!」
「うん、ありがと」
もう1度バックミラーを見ると、アンジュもいつものような苦笑を浮かべていた。
「それはいいわね」
「お兄さんは? ハンバーグ好き?」
クリスがアンジュの膝の上に身を乗り出す。が、アズマは興味もなさそうに目を伏せた。
「別に……」
「あ。違うものの方が、いいですか……?」
「みゅ」
一瞬、クリスが悲しげな顔をした。アンジュが首を傾ける。
「他に食べたいものがあるの?」
「えと、シオリちゃんはお料理上手だよ。なんでもおいしいよ。……ハンバーグもおいしいよ?」
と、アズマが視線だけ動かした。
「……。なんでもいい」
一呼吸置いてからの返答は、意外に素直な響きだった。
「それはハンバーグでもいいということかしら」
「……いい」
「やったぁ!」
「もう。クリスったら」
「あ、それと! お姉ちゃんとお兄さん、さっき助けてくれたんだよね? 覚えてないけど……ありがとう!」
クリスの無邪気な笑顔に、詩織はぐさりと胸を刺された。
しかしそれを気付かせるわけにはいかず、鏡の中のクリスと目が合わないようそっと身体をずらした。バックシートからはアンジュの「どういたしまして」と、クリスのくすぐったがるような笑い声が聞こえた。アズマはまた車窓の観察に戻ったようだ。
所在なく視線を落とした詩織に、貴島がそっとささやいた。
「僭越ながら、お嬢様。わたくしも以前に、お嬢様の手作りのクッキーをいただきましたが、実に美味でございました」
不意のことに詩織は赤くなった。
「あ、ありがとう、ございます」
「こちらこそ」
その時、詩織のポケットで「ぽん」と電子音がした。ウェブニュースの速報だ。詩織はe-phoneを取り出し、起動させた。
「何かあった?」
シートの上からクリスがのぞき込んできたので、e-phoneを持ち上げる。
「政治家の人が、重傷だって。……政治家さんてわかる?」
「エラい人だよね?」
「なんだろ。政治関係ではあんまり見ない人達が、いっぱいコメント書いてる……?」
詩織はリンクの1つにとんで、要点をつまんで読み上げた。
『元参院議員佐藤氏、背中刺され重傷
凶器はマイクスタンド?
氏は当時、公演中で衆目にさらされていた。
ところが犯人となり得る者を誰も目撃していない。
ある参加者によれば、「気がついたら刺さっていた」とのこと。
白昼堂々の暗殺か? はたまた心霊現象か!?』
「これ書いた人って、いつもはオカルトのコラムで――っ、わ」
突然腕が伸びてきて、e-phoneを奪った。何事かとふり返った詩織は言葉を失った。
アズマが貫き通すほどの剣呑な目をして、epの画面を睨んでいた。
一転して空気の凍りついた車内で、詩織はわけもわからずに身体を縮めた。
変わることはわかっていた。
変わるということが、わかっていなかった。




