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-BLACK MARIA-  作者: 高砂イサミ
3rd episode
14/66

December 1 (Sat.) pm. -3-


 きっかけは1人のニホン人女性がSPMと断定されたことだった。機関は彼女にSPP研究への協力を求め、彼女はそれを承諾した。

 やがて驚くべき事実が報告される。彼女だけでなく、彼女の直系の多くがSPMの素養を持っていたのだ。というより、その後ニホン国内で見出されたSPMのほとんどが彼女の血統だった。遺伝によるSPP発現力の継承はいまだ実証されておらず、研究者達は勇んで、さらなる調査に乗り出した。

 それは彼女の直系血族を対象とする追跡調査だった。


「要するに、彼女の子、孫、曾孫……とリストアップして、その全員に協力を依頼したの。彼らは始まりの女性の頭文字をとって“Mの系譜”と呼ばれたわ」

「あ、さっき言ってた……」

「そうね。そして――私達もその系譜に連なる者よ」

「!」

「私、クリス、アズマ君。それにさっきの連中……おそらく、全員」

 詩織は首を巡らせる。アンジュはうっすらと笑みをはりつけて、その表情を崩さずに口だけを動かしている。

「アズマ君とも彼らとも、初めて会ったというのは本当よ。けれど、“M”特有の金色の瞳で、お互いにすぐにわかってしまうから」

「……え? でも……?」

 アンジュの瞳は――黒、だ。

 それに押し込みの4人の中でも、“ハヌマ”と呼ばれた長身の男は普通の目をしていたように思う。それとも、ただ詩織が見落としただけなのか……

「SPPを発現させる時だけなの。普段から金色をしているわけではないのよ」

 的確に答えを返され、もしかしてテレパシー能力でもあるのかと、詩織はちらりと思う。が、アンジュはこともなげに続けた。

「私は少しばかり身体が強いというくらいね。詩織ちゃんの考えていることがわかるのは、あなたが素直だから」

「シオリちゃんて、思ってることすぐ顔に出るもんね」

 クリスにまでそう言われ、詩織は自分の頬に手を当てた。

「そ、そうなんですか」

「嘘がつけないというのはいいことよ? 信用に値するということだもの」

「ねー」

 あまりほめられている気はしなかった。

 そしてそれを最後に、ふつりと、アンジュの声がやんだ。

「? アンジュさん」


「相川先生……詩織ちゃんのお父様は、ニホン側の協力者として、その研究に携わっていたの」


 詩織はすぐに意味を飲み込むことができなかった。

 父が研究職ということは知っていた。しかし、具体的な内容は1度も聞いたことがなかったのだ。

「私達も、もちろんお世話になったわ」

「……そう……なんです、か」

「驚いた?」

 呆然とうなずく。アンジュは「でしょうね」とつぶやいた。

 貴島が思い出したように車のエンジンをかけ、静かな駆動音が沈黙に割り込んだ。

 詩織は前に向き直った。

「……え、と……」

 バックミラーを見上げる。アズマはどこかあさっての方を見ている。アンジュは普段と変わらぬ落ち着いた様子で。クリスは膝に手を置き、少しばかり心配そうに視線を泳がせていた。詩織はゆっくりと口を開いた。


「――あの。ばんごはん……何、食べたいですか?」


「え」

 クリスが小さく声を上げた。それから、ぱっと笑顔になった。

「シオリちゃん、わたし、ハンバーグがいいな!」

「そういえば……最近作ってなかったね」

「お手伝いする! いっしょに作るー!」

「うん、ありがと」

 もう1度バックミラーを見ると、アンジュもいつものような苦笑を浮かべていた。

「それはいいわね」

「お兄さんは? ハンバーグ好き?」

 クリスがアンジュの膝の上に身を乗り出す。が、アズマは興味もなさそうに目を伏せた。

「別に……」

「あ。違うものの方が、いいですか……?」

「みゅ」

 一瞬、クリスが悲しげな顔をした。アンジュが首を傾ける。

「他に食べたいものがあるの?」

「えと、シオリちゃんはお料理上手だよ。なんでもおいしいよ。……ハンバーグもおいしいよ?」

 と、アズマが視線だけ動かした。

「……。なんでもいい」

 一呼吸置いてからの返答は、意外に素直な響きだった。

「それはハンバーグでもいいということかしら」

「……いい」

「やったぁ!」

「もう。クリスったら」

「あ、それと! お姉ちゃんとお兄さん、さっき助けてくれたんだよね? 覚えてないけど……ありがとう!」

 クリスの無邪気な笑顔に、詩織はぐさりと胸を刺された。

 しかしそれを気付かせるわけにはいかず、鏡の中のクリスと目が合わないようそっと身体をずらした。バックシートからはアンジュの「どういたしまして」と、クリスのくすぐったがるような笑い声が聞こえた。アズマはまた車窓の観察に戻ったようだ。

 所在なく視線を落とした詩織に、貴島がそっとささやいた。

「僭越ながら、お嬢様。わたくしも以前に、お嬢様の手作りのクッキーをいただきましたが、実に美味でございました」

 不意のことに詩織は赤くなった。

「あ、ありがとう、ございます」

「こちらこそ」

 その時、詩織のポケットで「ぽん」と電子音がした。ウェブニュースの速報だ。詩織はe-phoneを取り出し、起動させた。

「何かあった?」

 シートの上からクリスがのぞき込んできたので、e-phoneを持ち上げる。

「政治家の人が、重傷だって。……政治家さんてわかる?」

「エラい人だよね?」

「なんだろ。政治関係ではあんまり見ない人達が、いっぱいコメント書いてる……?」

 詩織はリンクの1つにとんで、要点をつまんで読み上げた。



 『元参院議員佐藤氏、背中刺され重傷

  凶器はマイクスタンド?

  氏は当時、公演中で衆目にさらされていた。

  ところが犯人となり得る者を誰も目撃していない。

  ある参加者によれば、「気がついたら刺さっていた」とのこと。

  白昼堂々の暗殺か? はたまた心霊現象か!?』



「これ書いた人って、いつもはオカルトのコラムで――っ、わ」

 突然腕が伸びてきて、e-phoneを奪った。何事かとふり返った詩織は言葉を失った。

 アズマが貫き通すほどの剣呑な目をして、epの画面を睨んでいた。

 一転して空気の凍りついた車内で、詩織はわけもわからずに身体を縮めた。




 変わることはわかっていた。

 変わるということが、わかっていなかった。



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