December 1 (Sat.) pm. -2-
車は診療所の裏手のコインパークに停めてある。
そこへ向かう途中、見張るように後ろから歩いてきていたアンジュが、1歩前に出てアズマに並んだ。
「ところで、あなたはこれからどうするつもりなの、アズマ君。どこかにたよるアテはあるのかしら?」
ない、と確信している尋ね方だった。詩織達もふり返る。全員の視線が集中する中、アズマは足を止めた。
「アズマ君?」
「お兄さん、おうち帰れないの? どうして?」
クリスがぱっと詩織を見上げ、絆創膏を巻いた指でそでをつかんだ。
「あのね、シオリちゃん……」
「ん。いいよ」
言いたいことはすぐにわかった。だからすぐにそう答えた。
クリスの顔がぱあっと輝く。向こうからアンジュの声が落ちた。
「いいの?」
「はい」
「詩織ちゃんは本当に……“いい子”、ね」
そしてクリスが、もう1度アズマを見上げた。
「お兄さん。シオリちゃんのおうちで、一緒に住もうよ!」
――――――――――――――長く、沈黙があった。
「え……そんなにイヤ……?」
クリスがさすがに不安そうな顔をする。と、アズマがようやく口を開いた。
「あいつらが――」
「彼らがまた仕掛けてくるリスクは、あなたがいてもいなくてもさほど変わらないわ。それならいっそ、一緒にいてくれた方がこちらとしても助かるの。人手は多い方がいいもの」
間髪入れずに言って、アンジュはさらりと髪を耳にかける。アズマが目だけをアンジュに向けた。
「本気か」
「あなたの力を借りたいの。あなたも、自分の身を守るために私達を利用してくれればいいわ。これは対等な“取引”。……どうかしら?」
「……」
アズマがふっと息を吐いた。アンジュが満足げに目を細めてうなずいた。
はらはらと見守っていた詩織にも、それで“取引”が成立したのだとわかった。
「ありがとう。――ああ、こちらの自己紹介がまだだったかしらね。私はアンジュ。黒井杏樹よ。そしてこっちが」
「妹の、黒井玖璃須です!」
「いい名前でしょう? 天使に救世主。“黒井”なんて名字で台無しだけれど。そしてこちらが、私達の雇い主。相川詩織さん」
詩織はあわててぺこりと頭を下げた。すると、アズマがやっと顔を上げた。
「“相川”」
「相川先生の娘さんよ」
「? お父さんのこと、知ってるんですか?」
「その話は、車で、ね」
貴島が車のドアを開けた。来たときと同じく詩織は助手席に。アズマをバックシートに押し込んでから姉妹も乗り込んだ。
すぐに、アンジュが口火を切った。
「貴島さん。かまいませんよね?」
自分と詩織のシートベルトを締めながら、貴島は珍しく、気乗りしない様子でうなずいた。
「ある程度であればと、旦那様もおっしゃっておりましたが」
「え? シオリちゃんに話すの?」
クリスが、びっくり、といった声を上げた。
「必要になってしまったのよ」
「あ、あの……?」
「詩織ちゃん」
アンジュの冷然とした声音に、詩織は思わず居住まいを正した。
「はい……っ」
「SPP、というのを聞いたことあるかしら?」
「エスピーピー?」
「surphysical phenomenon。超物理学的現象。そしてそれを発現する人間がSPM――surphysical materializer」
「しゅ、しゅーるふぃじかる、まてぃ……」
「ニホン語では、“超能力者”になるのかしらね」
さらりと流れた言葉が詩織には驚きだった。アンジュのことは、幻想や超常現象のたぐいに興味のないタイプと思っていた。そして妙と言えばクリスもそうで、普段なら目を輝かせて加わってきそうな話だというのに、バックミラーの中では神妙な顔をしている。詩織は内心でうろたえた。
「詩織ちゃん? 続けても大丈夫かしら?」
「! は、はいっ」
「そう。では、ここからが本題」
アンジュが微笑した。その両側で、アズマはともかく、クリスもやはり黙っている。
「SPPの国際研究機関があるの。ニホンでの認知度は低いけれど、それなりにきちんとしたところよ。その機関が、約50年前……ニホンに初めて支部を置いたわ」




