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-BLACK MARIA-  作者: 高砂イサミ
3rd episode
12/66

December 1 (Sat.) pm. -1-


「よろしいのですか? 本邸へ移られた方が良いのでは……」

 貴島が困った顔で腰をかがめた。詩織は少しだけ悪く思ったが、はっきりと首を横に振った。

「となりの部屋に移ります。そしたら、ドア直して片づければ、またすぐに戻れるし。それに……アンジュさんもいますから」

「そのためのボディガードよ。任せてちょうだい」

 アンジュが横で微笑んだ。詩織は、まだ何か言いたげな貴島にもう1度うなずいて見せた。

「ほんとに、だいじょうぶですから……」



 あの後。いたく心配したらしい貴島に「念のためです」と説得され、とある診療所に詩織達まで運ばれてきた。貴島の説明では父の旧知が個人開業しているそうで、こぢんまりとしているが、清潔感のあるところだった。

 1人ずつ順に検査を受けた。詩織はガラスの破片が刺さっていないかと確認された程度だった。アンジュと、少しだけケガをしていたクリスも、すぐに解放されてきた。

 戻ってきたクリスは、もういつものクリスだった。

「お姉ちゃん、シオリちゃん。わたしどうして病院にいるの? 指とかほっぺた切ったのも……ぜんぜん覚えてないよ」

 クリスは困惑顔だった。詩織は驚いてその後ろのアンジュに目をやる。と、ひとさし指を唇に当てた。

 詩織は少し考えて、逆に問いかけてみた。

「本当に、覚えてない?」

「んー。お兄さんが起きて、すぐ外に行っちゃおうとして……て……?」

「あのね、クリスちゃん」

 嘘をつくのは心苦しい。しかし、今のクリスにはそれが必要らしい。

 精いっぱい平静を装って言い訳を考えた。

「黒い……変なもやもやが、うちに入ってきてね? わたし達、それに囲まれちゃって……そのせいで、忘れちゃったの、かな」

「え?」

 クリスの目がきらりと輝いた。期待どおりの反応に、詩織はほっとした。

「わたしもすごく、怖かったんだけど……」

「そうなの? 黒いもやもやって、何?」

「悪いおばけ……かな」

「おばけ!?」

「だけど、ちょうどアンジュさんが帰って来てくれてね? お兄さんといっしょに、助けてくれたから――」

 そこでからりと引き戸が開き、詩織達の待ち人が出てきた。

 アズマはジーンズと濃い灰色のセーターに着替えていた。こうして見ると本当に普通の青年に見える。ただ、貴島の車に乗ってからは一言も口をきかなかった。今もどこかぼうっとした様子で黙りこくっているところへ、アンジュがジャケットを投げてよこした。

「静かね。もう少し抵抗するかと思ったのだけど」

「抵抗どころか!」

 後ろから出てきた白衣の医師が、あきれ顔で大げさに肩をすくめた。50がらみでやせぎすの男性だ。

「ほとんど自分で処置しちまったよ。『道具があれば自分でできる』とか言って、なあ」

「あら」

「ろくにさわらせもせんかった。なんとか肩の傷だけ診してもらったがな。詳しいことは聞かないでおくが……まあ妙な傷こしらえたもんだ」

「恐れながら、牧田様、くれぐれもこのことは……」

 貴島が腰を折りながら顔をうかがうと、医師は苦笑いを浮かべて頭を掻いた。

「わかってらぁ。相川が連絡をよこすなんてどれくらいぶりか知れん。よっぽどのことってのは察しがつく」

「ありがとうございます」

「その代わり、今度飲みにつきあえと言っといてくれや」

「……承知いたしました」

 貴島も苦笑した。牧田医師が腰に手を当て、胸を張った。

「兄さんは、まず明日の再診! それと3日後にも来るこった! ちゃんと来なけりゃはっ倒すからな!」

 細身に似合わぬドスのきいた声だった。詩織は小さく肩をすくめた。

「さあ、わかったらとっとと帰れ帰れ。土曜午後は休診なんだ!」

「お世話になりました、牧田様」

 貴島が頭を下げ、詩織とクリスも一泊遅れでおじぎをした。ドアを開ける間際にアンジュが会釈をした。アズマは最後まで無言だった。



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