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-BLACK MARIA-  作者: 高砂イサミ
2nd episode
10/66

December 1 (Sat.) am. -4-


「……ええ。ではやはり、Mリストの1人ということで間違いないのですね」

 周囲に人の気配がないことを確認しながら、アンジュはe-phoneの通話相手に念を押した。

 陽光をあびて雪が溶けだし、足下はところどころぬかるんでいる。できるだけ乾いた場所を歩くが、それでもブーツにいくらかのハネができてしまった。

「それはわかっています。彼から言ってくるまでは……はい?」

 旧市街地の道の途中で、アンジュはすっと立ち止まる。

「ラボが? ――あ」

 思わず言ってしまってから素早く周囲を見渡した。誰もいない。アンジュはしかし、極力声をひそめた。

「それは本当ですか、先生。ええ。……もちろんです。私達にも他人事ではありませんから……」

 もう一言二言やりとりをした後、ディスプレイに映る男性の姿はふっと消えた。少しの間、黒い画面を無言で眺めてから、アンジュはふと遠くを見るようにした。

「結局、またこの“血”に囚われるのね……」

 紙袋を持ち直し、再び歩き出す。マンションを出てから1時間強。あと5分ほどで戻って出かける準備をする。ちょうどいい頃合いだろう。

 と、そう考えた矢先。


 ガシャ――――――ンッ


「!?」

 頭上でガラスの割れる音がした。詩織の部屋がある辺りだった。

 アンジュは目を見開き、次の瞬間、地面を強く蹴った。



            * * * * *



 詩織はいまだベランダに立ちすくんでいた。クリスの様子がおかしい。決してあんなことを言ったり、あんな態度をとる少女ではないはずなのに。

「ほら、どうしたの? あたし達を捕まえるんじゃないの?」

「……お前」

 長身の葉沼がクリスを見据えた。足下で「パキン」とガラスの破片が割れる。

 クリスはそれを指さした。

「ていうかあなた達、土足じゃない。ホント失礼ね。そんな人達のところに行きたくないなーあたし」

「く、クリス、ちゃ……」

 呼んだつもりが、声はのどに引っかかってしまう。

 怖い。今の状況も、侵入者も、クリスも。

 いや――違う。

 目の前の少女がクリスだと、どうしても思えない。

「……誰、なの……?」

 なかば無意識につぶやいた時、クリスが詩織に横顔を向けた。

「へえ。わかるんだ?」

「え……えっ」

「ま、その話はまた後でね?」

 金色のまなざしに、詩織は小さく息をのむ。クリスはにやりと笑ってまた前を向いた。

「さて、と」

 葉沼と鳥戸がじりじりと動きつつある。湯野は、黒髪の青年の背を一層強く踏みつけながらその様子をうかがっている。青年は動けずにいるようで、喘鳴の混じる呼吸音だけが聞こえた。

「…………ふ」

 それは突然のことだった。


「あっははははははははははははははははははははははははははは!」


「!」

「なッ、何がおかしんだよ!」

 湯野が引き気味に怒鳴り、ふつり、とクリスは笑いやんだ。

「ほんと傑作……“Mの系譜”が、他でもないあたし達の前にそろって現れるなんて」

「てか、その眼! お前もそうじゃねェのかよ!?」

「ん? ――それはどうかな?」

 こちらに背を向けているクリスの表情が、詩織には想像できない。ただ、ここへきて異常事態に気がついた。

 鳥戸に湯野、さらには耶麻までが、金色の瞳をしていた。

 本来のニホン人にはないであろう色が、これだけの人数ここに集まっている。偶然とは思えない。クリスの言う“Mの系譜”と、何か関係があるというのか――

「……これ以上は時間の無駄だ」

 葉沼が動いた。元々短かったクリスとの距離を1歩で詰め、両手首をつかむ。避けるそぶりもなく捕まったクリスは腹部に膝蹴りを受け、身を折った。

「かふ……ッ!」

「クリスちゃん!」

「そこのお嬢さん。あなたもこちらへ来てください」

 詩織はびくりと肩を揺らした。鳥戸がこちらを見て、手をさしだしている。

「早く。あまり手荒なことはしたくありません」

「そーそー。おとなしくしてね」

 詩織はぎゅっと自分の胸を押さえた。鼓動が早い。息が苦しい。

 それでも――1歩、ふるえる足を踏み出した。

「……あ、あの」

 意表を突かれた顔の鳥戸を横目に、視線を動かす。

 両腕を吊り下げられてくたりとしているクリス。うつぶせに倒れ、肩を踏みつけられている青年。

「2人の、こと……離してもらませんか……?」

「あン?」

 湯野が顔をしかめ、詩織は思わず首をすくめた。しかし、すぐにまた顔を上げる。

「は……離してください。お願いします……」

 葉沼と鳥戸が目を見交わす。

 その横から、耶麻が口を出した。

「残念だけどできないよ。あぶないもん。トオルもそうだし、その女の子も何するかわかったもんじゃないし?」

「で、でも」

「もうその口閉じた方がいいよ? あんたはどうやら、何かできそうな感じじゃないけどさ」

「……っ」


「うっふふ……のんきねぇ、あなた達」


 不意に、クリスが肩を揺らした。

 電流のように緊張感が走った。詩織にもそれがわかったほどだ。葉沼がクリスから飛び離れる。へたり、と床に座り込んだクリスは、顔を上げないまま忍び笑っていた。

「なんであたしが何もしないか。わかってる? ――あたしが直々に手を出す必要がないからだよ」

「……何を」

「鳥戸!!」

 耶麻が叫んだ。葉沼が反射的に身体を返す。風のように飛び込んできた影と鳥戸の間に割って入った。

 パンッ、と固いもののはじかれる音が響いた。


「……あら。やるわね」


 その声を聞いた詩織は、もう少しで泣きそうになった。

「アンジュさんっ!」

「お姉ちゃん、靴!」

「ああ、ごめんなさい――ね!」

 アンジュは立て続けに手刀を繰り出した。葉沼がそれを紙一重に受け流す。息もつかせぬ攻防。5度はじかれたと同時に、アンジュは後方に跳んだ。テーブルの上にふわりと足をつく。と思うやまた跳ねる。長い黒髪がさっとなびいた。

「う、わッ」

 鋭い蹴りが湯野を襲った。湯野はあわて気味に頭を下げ、横飛びに転がる。

 同時に黒髪の青年ががばっと身を起こした。

「動くな……!!」

「!!」

 右手で支えた左腕を耶麻に向ける。他の3人の動きもぴたりと止まった。鳥戸が見る間に青ざめて、低くつぶやいた。

「まだ、動けるのですか」

「くッそ」

「ユノ。今、“左手”がヤマの心臓をつかんでいる」

 かすれた声に動揺が走った。初めて笑みを消した耶麻は、先ほどの詩織と同じか、それ以上に怯えた面もちで立ちつくしている。

 青年は剣呑に目を細めた。

「この腕では、手加減できない」

「トオル――」

「行け」

「こちらは一応、“善良な一般市民”なのよ? 死人を出したくはないわ」

 アンジュが軽く重心を落として身構えたまま、きゅっと唇の端を歪めた。

「引きなさい。それとも、今度は本気でやってみる?」

「……」

「――あ」

 不意に、耶麻がかすかな声を発した。他の3人も何かに気づいたような反応をする。

 しばしの凍りついたような沈黙。そして。

「“彼”が――戻れとおっしゃっている」

 明らかに青年に向かって、葉沼が言った。青年は無言で、ただゆっくりと、左腕を下ろした。耶麻がふらりと後ろによろめき、鳥戸がそれを抱きとめる。

 そのまま彼らは身をひるがえした。何事もなかったかのような静かな退場だった。

 しかし出て行く間際に1度だけ、葉沼が見返った。


「トオル、忘れるな。『お前の居場所はここではない』」



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