金色の風呂掃除
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
蛇口をひねれば水が出る。
現代を生きている私たちにとっては、当たり前に思えることかもしれない。けれども、ひと昔前だったら、なかなか信じられなかっただろう。
生活に必要なこととはいえ、私たちは日々、水を大量に使っている。食べ物を食べなくても何日かは生きられるが、水をまったく取れないとなれば命は長くないもの。
そして何かに影響を与えるとしたら、命の根幹部分をおさえるのが重要かつお手軽。日々、お世話になっている水について、君はどれだけ気を払っているかな?
空気と同じく、そばにありすぎてさほど注意していないというのは、危険なこともあるかもしれない。彼らもまた、私「たち」をよく知っているだろうしね。
ちょっと前に友達から聞いた話なんだけど、耳に入れてみないか?
友達が子供のころだったらしい。
お風呂掃除の仕方を習ってからは、休みの日の清掃が友達の仕事になったんだけど、ある時期より気づいたことがあった。
浴槽の水シミが、やたらとできるのが早いんだ。そのときは連休で、昨日お風呂の掃除を自分の手でしたばかりだった。
それが一晩明けてみて、浴槽をあらためてみると金色のきらめきがひっついている。
単なる水垢の気配ではない。浴室の窓から差し込む弱い光も、律義にてかてかと照り返す様は、ゴキゲンな鱗粉のように友達には思えたようだ。
さっそく、使い捨てるつもりのスポンジを用意してぬぐいはじめる。ほんの一日足らずでできたとは思えないガンコ汚れではあったが、荒い面を使ったなら対抗できないこともない。
浴槽全体にまぶされた鱗粉を、一時間ほどかけて平らげた。なかなかの長時間労働で、汗もかく。
このままシャワーを浴びてしまおうかな……と、着替えを用意して、あらためて浴室へ入り直す。
温度はぬるめ。汗をかきながらも、火照った身体にはちょうどいい水加減だったものの、完全なるリラックスへは届かなかった。
なぜなら、ふと脇へ目をやると、またあの金色の鱗粉らしきものが風呂場を汚し始めていたからだ。
蛾などが入ってこられるスキはないはず。それがどうして、こうも汚れをまき散らしていくのかと思うと、シャワーのしぶきが原因。
友達の身体ではねる、はねないを問わず、シャワーの水たちのかかるところにあの金色の光が灯っていく。
その様子を見ては、シャワーから逃げ出すのも無理ない話。さっそく浴室から出て、自分の身体中をごしごしとタオルで拭う友達。
不思議と肌をこすっても、あの黄色い鱗粉はタオルにくっつかなかったのだそうだ。あらためて水で流しても、なんともなかったそうだよ。
浴室の空間だけだ。もう一度、友達は掃除に取り掛かろうとしたものの、状況が変わっている。
あのシャワーによる、鱗粉まき散らしが健在なわけだ。肉眼ではそうと分からないのに、床や浴槽につくと、ほどなくあの金色を見せつけてくる。
今度はもう、スポンジ攻勢も通用しなかった。先ほどはたやすくこそげ落ちていた、荒い面を用いても、粉たちはすっかりこびりついてしまってはがれなかったんだ。
それでも風呂掃除としての意地を見せようと、格闘を続けていると。
不意に、廊下側からきしみが響いた。
家の人の誰かが帰ってきたのかと思い、反射的に「おかえり」と返してしまったが、返事がない。
それも珍しいことじゃないけれど……と鱗粉へ視線を戻しかけて、隣の脱衣所のあたりで音がして、顔をあげてしまう。
浴室の戸は開けっぱなしだ。洗濯機と洗面所をそなえた脱衣所の様子は見て取れる。けれどもそこに、人らしい影が見当たらなかったんだ。
いぶかしく思っていると、友達はいきなり胸を強く押されて、背後の壁に叩きつけられてしまう。やはり姿は目に映らない。
けれども、あの床に散らばる鱗粉は反応している。スポンジでびくともしなかった粉が、ひとりでに左右へ散っていく。
残されたのは、足跡。
人のそれを思わせるものの、友達よりもひとまわり、ふたまわり大きいのが一足だけ。
そいつはいまや、鱗粉まみれの浴槽の中にも入り、粉を散らしながら踏みにじっている。
友達はそいつが出ていく一分前後の間、目をぱちくりして固まっていたらしい。押された衝撃も相当なもので、後になって青あざができたほどだったとか。
そいつが出ていったあと、鱗粉たちはたちまち水に戻ってしまって、排水口から流れていってしまったとのことだよ。




