03-18 里帰り
第18話 里帰り
「うわあ…なんて立派なんでしょう…」
それを見てベアトリスは感嘆の声を上げた。
感想はアルビスも同じだった。さらにーー
(すごいな、さすが大貴族だね、貧乏下位貴族家とはけたが違うや)
――なんて感想までこぼれたりする。
それは塩迷宮の手前に作られた基地施設を見ての感想だった。
コンラート塩迷宮の開発は順調に進んでいた。
入り口はしっかりした構造物で補強され、さながら地下施設への通路のようだった。
この迷宮は『レベルⅡ』の魔境に入り口があり、『レベルⅢ』の魔境の方向に広がっている。
そのせいだろうか、入り口周辺はまだ迷宮化していなかった。
レベルⅢの迷宮の下にある部分あたりから迷宮化しているのだ。つまり最初はただの塩の鉱脈。
それにレベルⅡの魔境は頑張れば人間が住めるぐらいの危険度である。
なので迷宮の入り口を囲むようにしっかりとした障壁が作られ、その中に、まあ、豆腐ハウスといっていいような単純な構造の建物が作られていて結構な規模の採掘施設が作られている。
そこに掘り出された塩が次々と運び込まれ、形を整えられたり、粉上に加工されたりしてさらに運び出されていくのだ。
さらに奴隷たちの宿泊施設も作られていて、ちょっとした規模である。
ちなみに塩が運び出されていく先は当然のエレウテリア家のあった村で、そこが拠点となっている。
さて、何でなぜアルビスたちがここにいるかというと…
「ねえねえ、あいつ(王様)が塩迷宮の視察に行くって言ってるんだけど、一緒に里帰りしてみる?」
とレムニアにお誘いを受けたからだ。
もちろんベアトリスが。
この世界、旅というのはなかなかに大変で、ベアトリスにしても気にはなっていても気軽にひょいひょい行けるような状況ではなかった。
立場や子供のことを考えると結構大掛かりな護衛とか必要になってしまうからだ。
そして現状、エレウテリア家にはそんな余裕はないのである。
まあ、アルビスは好き勝手にふらふらしているけど。
だが今回はレムニアが行くので護衛の騎士もついてくる。しかも腕の立つやつが。
しかも上等な馬車での旅だ。こんな機会はなかなかない。
当然一も二もなく参加した。
かつて自分の領地だった村に立ち寄り、村人たちと旧交を温めた。
村人たちは今は事情が分かっているのでしきりに申し訳ないと頭を下げたが、仕方がないことだと分かっていた。
それにこの村はコンラートの一族が何代にもわたって開拓してきた土地なのだ。簡単に思い切れるものではない。
それに彼が眠る場所としてはここしかない。という思いもあった。つまりここにはコンラートの墓があるのだ。塩鉱脈発見の功績をたたえる石碑とともに。
つまりやっと落ち着いて墓参りできたわけだ。
ちょっと残念だったのが自分たちの家に入れなかったこと。
エレウテリアの屋敷は現在は代官屋敷になっていた。まあね普通の家だけどね。
これはただ家を朽ちるままにしてのは忍びないとベアトリスが許可したものだが、つまるところ現在はお役所であるし他人の家だ。
いくら懐かしくても勝手に見て回るわけにはいかない。
代官本人が迷宮で陣頭指揮を執っているので仕方がないことだろう。
それでも館の周りを歩いて回った。
庭が見えた。
かつてコンラートに剣術を教わった場所だ。
思い出が詰まった場所だった。
コンラートやカフカと修業したし、弟妹達と内緒で魔法の訓練もした。家族で並んで果物を食べたりもした。目にすればいくらでも思い出があふれてくる。
それぞれに抱く思いは違うのだろう。だがエレウテリア家の人々はそれぞれになにかを胸に抱いてそこここを見ることになった。
そして振り切って生きていくのだ。
辺境の人間はたくましいのだ。
村も立派になっていた。
ここは迷宮開発の前線基地であり、塩を送り出す集積基地でもある。村人の生活も迷宮ありきに代わっている。この村だけではなくエレウテリア家の他の村からも人が流入し、塩を送り出すための仕事についていた。
建物も増えたし、工場や倉庫のような施設も作られている。そしてどんどん大きくなっている。
さすが辺境伯家。財力が違う。お金はなくても地力はあるのだ。
そしてそのままコンラート塩迷宮の見学にここまでやって来たというわけだ。
「これはこれはレムニア様。お待ちしておりました」
すぐに中から人が出てきてレムニアに頭を下げる彼が現在、塩迷宮の管理責任者であり、元エレウテリア領の代官でもあるクダチ男爵だった。
辺境の男には珍しい事務職~っという感じのおじさんだ。片メガネが特徴かな。まあ、印象は悪くない。
「ああ、ご苦労、クダチ男爵。順調なようで何よりだ」
「はは、恐れ入ります。ですがそれがしの手柄とは言いづらいものではありますな。一番の手柄はこの迷宮の塩そのものです。
塩そのものである迷宮というのはおそらく世界初。
取れる塩の純度の高さは他の追随を許さぬレベルです。
塩の岩を削るだけで良質の塩が確保できます。魔物も出ますが倒した魔物も塩を残します。こちらは魔物によって風味が違いましてな、岩塩ほどは取れませんが特産になるかと愚考します。実に奥が深い。
単なる塩がここまで奥深いとはこのオーヤ、今まで知りませなんだ」
オーヤは名前ですね。
このオーヤ・クダチ男爵、レムニアの旗下の男爵であり、譜代の家臣である。レムニアの側から見ると確実に信頼できる部下。ということでここの取りまとめを任され、代官に抜擢されたのだ。
他にもこの地にはスクード家の騎士団の一部が配置されている。
本来なら領主軍がその防衛戦力となるのだが、この辺りの重要性を考えるとそれでは心もとなく、この地をスクード家の直轄領地として代官を置いて戦力もスクード家が負担する形にしたのだ。
魔境なので魔物の討伐も必要だからね。
形式上、トップはレムニアでその部下が管理、運営、防衛をしている形だ。
ちなみにクダチ男爵、レムニアには最敬礼で挨拶をしたが、王様には王国のお役人に対する敬礼しかしなかった。つまりこの人王様の顔を知らんらしい。
まあ、ベアトリスも知らなかったから当然か。
レムニアと護衛とエレウテリア家の人たちと、他にも王様がいて、その護衛と補佐の人がいるわけだが、興味深いことに彼らもほのぼのと状況を楽しんでる風が見て取れた。
(ふーん、きっとそれなりに偉い人たちなのに…皆、おおらかだねぇ)
なんてアルビスも感心する。
まあ、王様のフットワークが軽いので鍛えられてしまっただけなんだけど。
そんなわけでいよいよお宅訪問…じゃなくて迷宮探訪なのだ。
アルビスも迷宮に入るのは初めてなのでちょっとというかかなりワクワクしていたりする。
◇・◇・◇・◇
で、その迷宮の見学になったわけなのだが、当然に子供たちに対しては難色が示された。
「「「えーーーーっ!」」」
「「ぶーーーーーーっ」」
当然不満の嵐だが、意外なところから援護射撃。
「第一階層はかなり安全なエリアですから問題ないでしょう。迷宮でもありませんし、なので魔物も出てきません。
いってみればただの塩洞窟ですよ。
それに皆さんにはぜひ見ていただきたいものもありますし」
クダチ男爵がそう言った。
大人たちはちょっとこそこそ話をしてアルビスたちに入場の許可をくれた。
アルビスたちは首をひねったが、いいのである。
つまるところ迷宮の魔物は基本的に迷宮から出てこない。これはなぜかそうなっているのだ。
魔物のあり様が違うからだといわれているが定かではなかったりする。
つまり一階はまだただの洞窟なのだ。
しっかりと補強された入り口をくぐるとかなり整った階段がある。これも岩塩を削って作られたものだ。
日本のイメージであれば道路から階段を下りて地下鉄に向かうような感じ。
所々補強が入っているがそれだけだ。
そこをしばらく降りていく。
その間も奴隷たちが塩の入った麻袋を担いでいったり来たりしているのだが、階段はまだ余裕があった。
(うん、なるほど、こんなに人の出入りが激しいとしっかりした補強が必要だよね)
アルビスは思う。たぶんエレウテリアでこの事業をやってもとても回せなかっただろうと。
そこを過ぎると今度は広い空間に出る。
作業場である。
広いドーム状の空間があって、その奥にまた補強された入り口。
「あの入り口の先は迷宮になります。
そして皆様にお見せしたかったのがここなのです」
中央部分は作業場の様で、迷宮から切り出された岩塩や、顆粒状の塩が袋詰めされたり、背負子に括り付けられたりしてここから運ばれている。
だが圧巻なのはこの空間の壁の部分。
「まあ、これは七大神の聖堂なのね…」
ベアトリスが感嘆の声を上げる。
《おおー、これはニュースでありますぞ》
みんな感心したように見つめている。その脇でクロノがよくわからないことを言っていた。
「どうも奴隷の中に信心深いものがいたようでして、空いた時間に少しずつ神像を彫り、聖堂を飾り、ここまで作り上げました。
まだいろいろ彫が甘くて未完という感じはあるのですが、なのですが、その男もこれ以上は自分では無理と言っておりまして、
国の命運をかけた鉱脈ですから、神々の加護をお願いするうえでも、少し人を入れてこれを仕上げたいと…」
そう、その壁はきれいに彫られ、そこに神々の像や、それ以外の幻獣の像などがぐるりと並んでいたのだ。
ただ男爵の言うようにまだまだ途中である。
男爵はここにプロの彫刻家を入れて、ここを聖堂として完成させたいと考えていた。
国の命運を左右する迷宮なのだから、入り口にこういうものがあってもいい。
「それはいい考えだね」
みんなも納得。
つたないというが完成した部分はなかなかに見事な造形だ。何ならそのまま任せてしまってもいいかもしれない。そう思えるほどには。
アルビスは一つ一つの像を眺める。
七大神というのはこの世界の始まりの精霊と呼ばれる存在で、以前クロノに聞いたところによると、世界が混沌としてドロドロだったころ、そこから形作られた始まりの精霊たちなのだそうだ。
『天聖神』『魔神』『武神』『商神』『創作神』『大地神』『生命神』の七柱だという。
誰がどういう神様なのかはそのうちね。
そしてこの聖堂には神々が作業場を見守るようにたたずんでいた。
レムニアもこれは完成させる方がいいだろうなんて思っているのだが、それよりもアルビスは隣でクロノが《うひょーーーっ》とか言ってくねくね踊っているのが気になるね。クジラダンス。
そして一行はさらに奥へと案内される。
そこから先は迷宮である。
だが、レムニアにはもちろん否やはない。
しかし。
「あー、アルくんたちどうしよう」
「「「行く!!」」」
三人そろって元気に手を上げた。
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現在10月。
アルビス8歳1か月
双子5歳9か月




