03-16 エレウテリア幼年養護学院始動
第16話 エレウテリア幼年養護学院始動
「いやー、やっぱりレムニア様じゃなぁ」
「ええ、助かるわね」
「レーン様のお身体がよくなったと…神々に感謝を…」
人々が口々にレムニアをたたえる。
まるで合図のように空に花火(煙玉?)が打ち上げられ、人々が(物好きとか暇なやつとか)が集まってきていた。
今日は孤児院の落成式なのである。
名前だが、正式には孤児院ではなく『エレウテリア幼年養護学院』というものに落ち着いた。
養護施設と幼年学校をまぜた造語である。でも町の人は勝手に孤児院とか呼んでいる。
おまけに、エレウテリアと名前を冠しているのになぜかレムニアがたたえられている。
まだまだマイナーなエレウテリア家だったりするのだ。
落成式にレムニアがいるせいもあるのだけどね。
しかし、アルビスは気にしていない。最初はそんなものだろうと思っているのだ。
そしてそんなものは時間が経てば自ずと整っていくものだと思っている。
なぜならここは本当に孤児院ではないのだから。
平たくいうと職業訓練所のような存在だろうか。あるいは士官学校というべきかもしれない。
まず乳幼児の養育。そして知育的な環境での成長。ここら辺が養護施設なところだ。
次の段階で読み書きのマスター。並行して体を動かして健康に育つこと。小学校の低学年である。
ここら辺もそうかな。
この次あたりからちょっと普通と違くなってくる。
四則演算、読み書き。これができればはっきり言ってエリートである。
高等数学なんて経済畑の専門家にならないと必要ない世界なのだ。識字率だって低いのだ。
おまけにこの世界、専門家の使う数学の知識も科学や物理学の知識もまだまだ未熟なのだ。
そう言った学問は地球でも過去の偉大な学者たちが命題をひとつづつ解いて発展させてきたものなのだ。
この世界は魔法が文明を支えている反動か、そちらの発達がとても遅れている。
なので中学レベルの数学を学べばまず就職に困ることはないだろう。とアルビスは思う。
そこから先はいくつかの職業訓練になる。
現状ではまず水神流の薬草学と創薬学がある。薬草の知識と創薬の知識を学ぶのだ。
さらに戦闘訓練。軍事教練みたいなものもやる。この世界、戦闘能力もアドバンテージなのである。
ここら辺に幼年学校感が出ている。
他には裁縫や料理。こういった生きていくうえで役に立つことを教えていって、次の段階として礼儀作法とか覚えればまず心配はない。というかほぼ無敵。
おまけに就職口はたくさんあるのだ。エレウテリアとか、スクードとか。
あと魔法の基礎訓練もずっと続けている。アルビスが魔力修業を健康法のような形で再編したものを少しずつ広めているのだ。すでに近衛騎士の中では基礎的なエクササイズ扱いで定着していたりする。これを子供たちにもやらせる予定。
魔力は間違いなく伸びるだろうし、魔法に目覚める者も出てくるに違いない。
この世界は魔力がものを言ったりする世界なのだ。
他にも衛生管理やそう言った生活全般も指導していく。
とりあえず見た目は孤児院だが人材育成のための施設なのだ。
そして成人し、ここから巣立つ場合、エレウテリア家が就職のお世話をすることになる。当然お礼奉公のようにエレウテリアに勤めるものが多いに違いない。
そう言うのが常識なのだ。
士官学校でただで学ばせてもらう代わりにその後軍に入るのが義務付けられるようなものだろう。
現状ではそれほどの仕事もないのだが、卒業生が増えるまでにいろいろ事業を展開する気満々のアルビスだからいいのである。
10人に一人でも魔法使いが育ったり、良い騎士が育てば御の字なのだ。
だがアルビスはもっと高い確率で使える人材が確保できると信じている。
人間をつくるのは環境だからだ。
小さいころからまっとうな教育を受け、健康的な食事と健全な生活をすれば人間は一定の水準には到達すると、アルビスは知っている。
超優秀でなくてもいいのだ、日本的な基準で普通であれば十分である。
問題があるとすれば彼らの多くがスラムから集められたという点だろうか。
幼い子供はともかく、ある程度年齢が行っていれば多かれ少なかれ犯罪を犯した経験はあるだろう。ということになる。
まあ、子供が最終的に逃げ込む場所がスラムだったので仕方がない事ではある。
院生の一号、二号となるユマとキュールのようにまっとうに頑張っていた子供ばかりではない。生きるためには仕方ないというのは確かにあるのだ。
そして冒険者を雇ってスラムで子供狩りをしたので選別等もなされていない。
となると彼らが犯罪者予備軍になる可能性もあるのだ。
人間とは『知らないもの』にはなれない生き物だから。逆に言うと知っているものになる生き物だから。
すべてがとは言わないが、犯罪者の中で、犯罪を見て育った子供は犯罪の手口を覚えている。つまり何かする際にそれがイメージしやすいということ。
犯罪を見たことも聞いたこともない人間は、そもそもそれを思いつかないだろう。
つまりまっとうに生きるのが当たり前と頭から思い込んでいれば追い詰められてもそれに手を出さない可能性は高い。
習い性というやつだ。
これはまるで法則のように人に刻み込まれる。
だが一度手を出してしまえばハードルは下がる。
そしてここに集められた子供は、まあ、そういう子供が相応にいるわけだ。だがご安心。それを矯正するのは、この世界の人は結構得意だったりする。
平たくいうと愛の鞭というか、はっきり言うと暴力である。
教育以前に調教である。
犬猫でもまずいことをする度に痛い思いをするとそれをしなくなる。そういうレベルの話だ。
そしてこの世界はそういう教育が割と一般的なので、まあ、加減というのはみんな分かっている。
養護学院で雇った冒険者たち、彼らもみな、そうやって殴られて育った人間なのだ。
彼らならそう言った一部の子供たちを見事に更生させてくれると思う。彼らの愛に期待するや切である。
ちなみにアルビスも体罰は絶対よくない。などとは思っていない。
アルビスは地球での記憶はあいまいなのだが、残っている記憶の中に親に張り倒された記憶があったりする。何か悪いことをして怒られたのは分かる。それが何だったのかは思い出せないけど。
だがその記憶を思い出すとき、アルビスの胸に去来するのは『感謝』だったりするのだ。
この世界でも剣の修業で痛い思いをしたこともあるし、ベアトリスにかなり手ひどくおしりをぶたれたこともある。怪我などしなかったのだからいい思い出である。
ここはそういう世界だ。
そんでこれが鞭なら飴もある。
倉廩実ちて則ち礼節を知り、衣食足たりて則ち栄辱を知る。なのだ。
衣食が足りていないような状態で人間は恥なんて気にしていられないし、礼儀なんてものは蓄えが持てるようにならないと気にしている余裕はないということ。
だから逆に衣食住が安定供給される状態であれば人間はあえて犯罪を犯す必要はないということになる。必要がなければそれをしないという人間は実に多い。趣味や仕事でもない限り人間は怠けものなのだ。
そして現在のエレウテリア家の財力であればそれはかなえられるのだ。
あとは教育。道徳とかね、そういうのを叩き込み(刷り込み)つつ育てる。そこから逸脱する者には容赦なく愛の鞭が降ってくる。
それでもダメなら仕方がないのである。アルビス君そこまで甘くない。
それに…
「すごいわねえ、水洗トイレと大きな浴槽。これ魔道具でしょう? 最新式の」
そう、アルビスが魔改造したために、住環境はかなり高度に整っていたりする。
魔道具なんかはアルビスがスクード城の改造の際に開発したもので、これも設計図などは建築ギルドにわたっていて、アルビスの『お金の湧く泉』と化しているのだが、ここは自分で作ったからほとんどお金はかかっていない。
なのでアルビス君、これが贅沢品だと思っていない。
ついでに館の調度品もアルビス設計のものが使われてます。パイプ椅子とか、折り畳みのテーブルとか。わりと味もそっけもない実用性一点張りの『どこの軍隊だー』みたいなやつ。
建物とマッチしていないがまあ、使えればいいのである。
それも士官学校ぽくってよい。
実はあまりに実用的なのでこれらの家具も流行したりするのだけど、それはアルビスのあずかり知らないところでである。いつの間にか貯金が増える流れだ。
先生役も世話を焼くお母さん役も冒険者を雇った。かなりたくさん雇った。
冒険者のような一攫千金は狙えないお仕事だが、安定していて危険がない。そういう仕事を求める人は冒険者の中にも、いや、中にこそ多かったりする。
とりあえず子供狩りで大量に雇い、一緒に行動するうちにアルビスが鑑定し、アネモネが一緒に行動することで面接的なことも済ませ、人格的に問題のないやつを一気に雇い入れたのだ。
ちなみにアネモネは『相談役』に就任してもらった。
第三者機関である。
外からの監視なのである。
他にもベアトリスや水神流の若いのが特別講師として参加するし、アーマデウスたち近衛騎士も暇があると武術講師として参加してくれることになっている。
キャサリンは面倒見のいい子供好きなのだ。
他にもカフカが剛剣術を教えることも決まっているし、将来が楽しみなアルビスだったりする。
かくしてアルビスの人材確保のための孤児院計画は始動したのだった。
ちなみに町の神殿には辺境伯家からの支援が上積みされていて、そちらも余裕が出たはず。そこで育った孤児たちは神官への道があるはずだ。
今の神殿長はいい人だから。
これでひとまずというところだろう。
「よし、次は寄せ場だな」
あれ?
「アル~、寄せ場って何?」
「スラムにいる大人たちに衣食住を与えて、代わりに働かせるところ?
具合の悪い人は入院ね。
そんで治療魔法士の練習台になってもらうの」
つまり生活保護を強制労働とセットにしてしまおうという発想らしい。
身動きできないようなのは隔離して治療師の育成に役立て、多少なりとも動けるものは動ける範囲で強制労働だ。完全に動けるやつはこき使う。そういう方針だったりする。
金だけ渡してあとは放置なんて無駄以外の何物でもない。
ただ。
「これはスクード家でやってもらおう、大人までは面倒見切れない」
とは思っている。
やらなきゃいけないなら利益を。
そして押し付けられるならそっちに。
しっかり者のアルビスだった。
◇・◇・◇・◇
「きゃーっあははははっ」
「まてまてなのー」
はい、お城に帰ってきました。
それを愛おしそうに見つめるアルビス。その後ろから大人たちがぞろぞろと続く。
お貴族様だからここら辺はあまり堅苦しくないので、出先から帰ってきた親戚一同といった雰囲気である。
だがもめごとの種はどこにでもある。
「レーン様~一大事でございますぞー」
ブラホス将軍がどったどったと走ってきた。
だけどそのあとは続かない。
将軍はそのままレーンに駆け寄るとごしょごしょと耳打ちをしたのだ。そして。
「ええーーーっ!」
今度はレムニアが大声を上げた。
一体何事であろうか。
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9月アルビス8歳。双子5歳8か月




