02-44 姉・妹・弟~けじめ
第44話 姉・妹・弟~けじめ
「あっあっあっ、姉上…何を…私が何をしたというのですか?」
「そうですよ、姉さま、アグニアにはかかわりのないことではないですか」
まず当の本人が声を上げ、ついでアグニアの姉、レーンの妹であるコリ・スフィクトス子爵が異議を唱えた。
それをレーンは一蹴する。
「アグニアよ、そなた先ほどなんといった?
男爵…いや、ダフニア・アポビータのいうことに間違いはないと申したではないか。
だが見ての通り、やつの発言は全て嘘だった。
そうであろう?」
「そっ、それは…まさかあやつが私にうそをつくとは夢にも思わなくて…なので…その、信じてしまいまして…」
「つまりお前はあやつが言ったことを確かめもせずに保証したというのだな。
つまりお前は領主家の人間としての義務を果たす気もその能力もないと…」
「いや、その、そういうことではなく…」
「だがアグニアよ、そなたの真意がどこにあったかは置いておくとして、お前は大罪を犯したものを擁護し、その犯罪をうやむやにし、またその犯罪を助けようとした。
これは厳然たる事実であり、それだけが疑いようのない真実だ。
お前はあの大罪人の共犯者である」
レーンはため息とともにアグニアを突き放した。
アグニア子爵はここにきて自分のやったことが甚だ不味いことだと理解した。
自分はいつも通り袖の下として上納金を治めた配下に少し便宜を図ってやる。その程度の認識だったのだ。
だがそれを言ってしまえば自分が賄賂を取っていろいろなところに口を出していた事がばれてしまう。
ばれれば間違いなく怒られる。それは嫌だ。
彼は事ここに至ってもそんな認識でいた。
なので言葉を紡ぐ。
「姉上、申し訳ありませんでした。わたくしの不徳です。もう二度とこのようなことがないようにいたします。
どうぞお許しください」
とりあえず反省しておとなしくしていればいいだろう。
そんな感じ。
「ふむ、殊勝だな」
姉の言葉に少しホッとする。
「ならば腹を切れ。さすれば家は残してやる」
何を言われたかわからなかった。
固まる。
「姉さま、なんてことを。兄弟ではないですか。それを」
「黙れコリ、姉弟であらばこそだ。
我らは領主家の人間だ。まず領主たらねばならない。
領主家としてふさわしくないなら排除されねばならない。
後継問題でアグニアに仕事の幾何かをあてがってみたが何一つまともにできていない。
己に媚びへつらうものを取り立て、甘言を弄する者を由とする、さらに袖の下を運ぶものに深く考えずに便宜を図る。
人の上に立つものとして何一つふさわしくない。
コリよ。これはそなたにも当てはまることだ。そなたの評判も悪いようだな。
今まではそなたらを信じて注意するに止めたが、こうなるとそれもできん。
領民に対する示しがつかん」
「領民など、ただの平民ではないですか」
「そうです、貴族である私たちがなぜ下民になど気を使わねばならんのですか」
「私たちのために働けるだけでもやつらには褒美というもの」
「そうです、私たちがいるからやつらは暮らしていけるのですよ」
二人の姉弟は言い募る。
それを見てレーンは嘆息した。
「お前たちはあの女にそっくりだな。
知性の足りぬ下級貴族。
たいした能力もなく、たいした血筋でもないくせに、自分と変わらぬ平民を見下す。
いや、卑しい人間だから自分よりも弱いものを見下さねば安心できぬのか…」
「あっ、姉上…母上にそのような…」
「あれはお前たちの母だ。わらわの母ではない。
わらわの母が早くに身罷らねば、そなたらも貴族としてふさわしい教育を受けられただろうに…
歪んだ教育をしか受けられなかった者の哀れさよな…」
家を存続させるために邪魔となる者は肉親でも切り捨てねばならない。
それは逆に言えば、自分が家を存続させるために邪魔となれば切り捨てられるということ。
アグニアもコリも、想像力が足りなかった。
「アグニア・タフォス子爵、そなたからタフォス子爵の地位をはく奪する。改めて準男爵位を与える。
最前線の領地をあたえる故その手で領地を開拓してみるがいい。
もし、男爵領相当の開発に成功したら男爵位を与えよう。子爵領相当の領地開発に成功したら新たに子爵位を創設して遣わす。
支度金も出してやろう。その代わり現在そなたの保有する財産は没収とする」
アグニア卿(タフォス子爵位は既にはく奪された)は愕然として固まった。
そしてレーンはコリを振り向く。
「コリよ、そなたは査察を受け入れよ。
税が正しく使われているか詳しくチェックする」
「そんな、なぜですか!」
「綱紀粛正のためだ。
アグニアのいい加減な仕事のせいで貴族や行政機関のタガが緩み始めている。
綱紀粛正は上からやらねばならない。
そうせねば下のものが付いてこない」
「そんなもの!
私たち貴族が気にするようなことではありません。
私たちは生まれながらに人の上に立つべく…」
じっとレーンに見つめられてコリの言葉は尻つぼみになった。
「そなたの母、第二妃のお得意のセリフだな。
だがそれは為すべきものを成していればの話だ。
貴族であろうと、平民であろうと、無能は無能。
この領地を治めねばならない辺境伯として、わらわは領にあだなす者を生かしておくつもりはないぞ」
コリはその眼光にいすくめられて腰を抜かした。
「何を慌てている。
別にそなたを処刑するといっているわけではないぞ。
そなたがちゃんと仕事をしておれば何も問題はないのだ」
もちろんそんなことはないのだ。
だがこの場で反論などできない。
それをさせないだけの圧がレーンから放たれているから。
「わっ、わかりました…そのつもりで準備をいたします…
ですがねえさま。姉さまはお具合が悪かったはず、アグニアに仕事を分けたのも、姉さまが思うに任せないからと聞いておりますよ。
どうぞ御身大事になさって…いつでも対応できるようにいたしますから…お身体の様子を見ながらなさって…」
つまり春位まで時間があるといろいろあら隠しができて助かります。という意味だ。
だがレーンは『ああ』と声を上げた。
そして消えた。
「は?」
「心配してくれてありがとう。最近よい治療師が見つかってね、この通りさ」
コリが振り向くとすぐ後ろにレーンが立っていた。
ついさっきまで玉座に座っていたのに。
痛めていたはずの足に体重を賭け、反対側の足を軽く上げて、腰にはいつのまにか剣を差して軽く手を添えている。
近づいてみるととても元気そうに見えた。
そしてかつてそうであったようにとても力に満ちているように。
「前よりも調子がいいぐらいだ。
しばらくは引退を考えなくて済みそうだな」
「そ…それはようございました」
「うむ、だからそなたの所の査察もこの件のケリがついたらすぐに入る。
そう、日にちはかからんから少し待っておけ、一緒に行こう。
この雪だしな。
そなた一人を無理に帰してなにかあってはまずい」
コリはぐびっとつばを飲み込んだ。
レーンの言葉に他意はない。
いや、証拠隠滅なんかさせないぞ。というのはあった。
だがコリには『余計なことをすると事故にあうよ』という意味合いに聞こえた。
もちろんその違いに気が付き、それを指摘する者はいないのだ。
まあ、結果オーライということで。
その時。
「レーン様。一大事です」
扉を開けて騎士が飛び込んで来た。
「いま、アポビータ男爵の側近から、あやつめ、ベアトリス・エレウテリア殿の居場所を特定して刺客をおくったと!」
その言葉を聞いた瞬間アルビスは全速で駆けだした。
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まだ12月/アルビス7歳3か月/双子4歳11か月




