02-11 陰謀の背景~水神流~ナンナ老師
第11話 陰謀の背景~水神流~ナンナ老師
「し~っ」
アルビスは双子に身振りで静かにするように言って身を隠した。
場所は上流から村の方に向かって南下した場所で、村まで歩いて2時間というところだ。
この辺りになると魔物の数も増えてきて一般人が立ち入るのもちょっと危ないぐらいになる。
アルビス? あれは規格外だから。本人は自覚してないけど。
そのアルビスは前方に人の反応を確認して動きを止めたのだ。
といってもアルビスの魔識覚はうっすらで良ければ2~300mは届くのでまだ距離がある。
「なんでこんなところに人の反応が? 結構な大人数だよ」
『そうでありますな、反応からして20人ぐらいはいるであります』
狩猟大会でもなければこんな人数が魔の森に入ることなどまずないのだ。
村でも狩猟を担当しているのは数人ぐらいなのだから。
アルビスはクロノを偵察に出すことにした。
精獣召喚で見えない状態のクロノを派遣して情報収集。ぶっちゃけ集音魔法を運んでもらって話を盗み聞きしようという魂胆だ。
その結果。
「何をやっているのか、まだ見つからんのか役立たずども」
「そんなこと言ったってオリハルコンは見つからないって言ったでないですか」
「やかましい、オリハルコンを探すためにわざわざこんな辺鄙なところまで出てきたんだぞ、見つかりませんじゃ男爵様に何と思われるか。
いいか、なんとしてもオリハルコンを見つけるんだ!
見つからねばただではおかぬぞ!」
「まあまあ、そういうな、オリハルコンの代わりに塩が見つかったじゃないか。
あの塩が鉱脈と言えるほどあればオリハルコンなど目じゃないぞ」
「あれを報告したのは貴様だろう、貴様は安泰だろうよ、塩を独占すればいくらでも儲かるんだ。
だが俺はどうなる?」
騎士のような男が四人ほど、村人が20人近く。
そしてこの辺りの川をさらってオリハルコンを探している。
そういう状況のようだ。
それを聞いてアルビスは血の気の引くような思いだった。
「まさか、うちが狙われたのは僕がオリハルコンなんか出したせいか?」
その可能性に気が付いたからだ。
であれば今回の騒動も納得がいく。いや、説明がつくというべきか。
「「にいちゃ…」」
よろめくアルビス。心配そうに双子が寄り添った。
アルビスは二人を抱きしめて静かにその場を後にした。
◇・◇・◇・◇
時は少し戻って七月のころである。
件の騒動から南下したベアトリス、カフカ、フェリカ、エミルの一行は隣の領であるフェルマコウ伯爵領の領都フェルマコウにたどり着いた。
「異国情緒と言いますか、お隣ですのに随分雰囲気が違いますな」
「この辺りは雪の少ない地区ですからね」
カフカの言葉にフェリカが応える。
ちょっと得意げなのはここが地元だからだ。
つまりベアトリスの故郷。
ベアトリスはフェルマコウ伯爵旗下の下位貴族の出身だったりする。フェリカももともとはそこで働いていた女性だ。
アルビスが暮らしていた場所はスクード辺境伯が治める領地で、そこから南東方向に進んだところにこのフェルマコウ伯爵領がある。
間に森があるので迂回はするのだが。
「で、ここですね」
そしてベアトリスが示したのは実家…ではなく『水神流練成医法門』とでかい看板を掲げた立派な建物だった。
つまりここはベアトリスの流派の総本山。
このフェルマコウ領は医術関係に強い家だったりするのだ。
ちなみにこの国はアファナシア王国という国で国王が治める君主制の国家だ。
この国では王の下に上級貴族。上級貴族の下に下級貴族が配置されていて、上級貴族が例えば大名であり、下級貴族はそれに仕える家臣の様な立ち位置になる。
つまり上級貴族の管理は国王が、下級貴族の管理は上級貴族が行う形だ。
上級貴族が【侯爵】【伯爵】下級貴族が【子爵】【男爵】【準男爵】だ。
その下に騎士爵というのがあるのだが、これは準貴族で貴族とはまたちょっと違った扱いだったりする。
閑話休題。
「おおっ、ベアトリスではないか、久しいな。どうした。なにがあった?」
そこを訪ねたベアトリスたちはすぐさま流派の当主。ナンナ老師のもとに通された。
彼女はベアトリスの直接の師匠に当たる。
老師というのは先生、師匠の意味で別に年寄りというわけではない。まあ、彼女はそれなりのお年ではあるのだが…
小柄で気風のいいお祖母ちゃんというところか。
ベアトリスはしばし小柄な老婦人に縋り付いて涙をこぼした。
ここにはベアトリスの姉妹弟子も多くいたが、みんな温かい目で迎えてくれた。
そしてひとしきり泣いた後、ベアトリスは事情を話したのだ。
「うーむ、そんなことがあったとは…レーンも耄碌したかの?」
「老師、いくら何でも失礼ですよ」
「いいんじゃよ、昔からそういう関係じゃ、レーンはしっかりしているようで少しばかり頼りないところがあるからのう…」
「レーン様を頼りないとか言うの老師だけですよ?」
ナンナはかかかと笑う。
「それでベアトリスよ、どうするつもりだ?」
「はい、現状一番困っているのがヤツラの勢力範囲が分からないことです。
レーン様がかかわっていないのは間違いありません」
その通りだろうとナンナも頷いた。
「ですがどこまで獅子身中の虫が入り込んでいるのかわからないところがつらいです。
現状でレーン様に面会を申し込んでも、うまくいくという保証がありません」
「レーンは今、あれなんじゃが…
うむ、まあ、確かにそうじゃな、ワシの所で修業をしていた時も、あの者のお人好しは揺るがなかった。
まあ、立場にふさわしく苛烈さも持っているのじゃが、融通も効かなかったりするのだが、割と簡単に人を信じる。
人の上に立つものとして、あれは…どうじゃろな? という感じはする。
側近にろくでなしがいないとは……言い切れん」
そういう人らしい。
「はい、ですからしばらくは情報収集に、証拠集めを頑張ろうかと…
相手の動きが分からないと動きがとりづらいですから」
「うむ、まあ、それに関しては、うちの門下も情報収集に…いや、まて。お前子供はどうした?
連れてきたのか?」
はたとナンナは思い出した。
ベアトリスは結構筆まめで、ナンナにも近況は知らせていたのだ。
「子供達とは乱戦の中ではぐれたままです」
ナンナの顎がカクーンと落ちた。
「何を落ち着いておるんだ。子供たちを探すのが先だろうが」
「いえ、子供たちに関しては心配いりません。
小神様に預かっていただきました。
小神様が任せよと」
ベアトリスは最近領内で『ワンワン王』と呼ばれる小神様が活動していて、小神様のおかげで塩の鉱脈が見つかったり、いろいろと恩恵があったことを話した。
多分に思い込みの部分もあったと思うけどね。
「小神様か…稀有なことだ…だが、あの方たちは子供には甘いというからな」
そうです、精霊たちは基本子供好き。
子供を助けてくれる小神様というような話は結構あったりするのだ。
ただ彼らはいたずら好きでもある。
「むむう、となると信じるしかないわけか…」
「はい、事が片付けば必ず再会できると信じています。
そのためにも確実に事態の解決をしないと」
じつに気丈な女性である。
しかしベアトリスたちはワンワン王がアルビスの変装だということは当然知らないわけで、もし知っていたらこんなに悠長に構えてはいられなかっただろう。
知らぬが仏というやつだ。
「とりあえず現状でお前さんが戻るというのは危険すぎるな。
うちは治療院だ、気を付ければいくらでも情報は入ってくるからな。
スクード領にも弟子たちはいるし、使いを出して情報を集めてみよう。
あとレーンだが、今は王都に行っとるそうだ。こないだ連絡があったよ。なので今訪ねていっても無駄じゃな。かえって足を取られかねん。
帰れば連絡があるじゃろう。訪ねる約束をしてるからな。その時にお前もついてくるとよい、それが一番確実だ。
それまでに証拠固めだな。
さて、面白くなってーきたの?」
「はい」
ベアトリス元気よく返事をして、不謹慎だったかと肩をすくめた。
だがこのナンナが面白がって動くとそのバイタリティーは誰もが目を見張るほどなのだ。
それはつまり事態の解決のために光明が見えたということ。
明るい声が出てしまうのも、まあ、仕方がないことかもしれない。
しかしそんな折。
「あの、ナンナ様。いつものが来てますけど」
「またかい?」
いぶかし気に見るベアトリス。
「なんてったかね、ああ、そう、賢者の探究者だっけ?」
クスリと報告に来た女性が笑った。
彼女はベアトリスの姉妹弟子になる。
「賢者の塔の、英知の探究者とか言う人たちですね。なんでも優れた魔法使いをスカウトしてまわっているとか、ナンナ様にも参加すべきだとしつこく勧誘に来ているんですよ」
「強い魔法使いを集めて悦に入っているあんぽんたんどもさ、そんな暇があるんならもっと働けって話さ。ああ、そうそう、お前さんもここにいる間は働いてもらうよ、どのぐらい腕を上げたか見せてごらん」
ベアトリスはまた肩をすくめた。
この人相手なら自然な流れだった。




