第二十七話 本当の気持ち
プロポーズを断っても、ジーニアス殿下は私をあきらめようとはされなかった。
ヒース団長を介して手紙を受け取り、私は殿下に返事を送った。
殿下からの二通目の手紙は、側近ミール様が直接運んできた。
そろそろ休暇が終わろうとしていた。
休暇が終われば、私はハルラ砂漠でキャラバンの護衛に入る。
(いっそ殿下が私を諦めて下さればいいのに。そうすれば、私は「仕方なかった」と思えて、この恋を諦めることができるのに)
無責任でずるい私と、真摯な気持ちを手紙に託してくださるジーニアス殿下。
私たちは、こんなにも正反対だ。
「ちょっといい?」
悩んでいた私の部屋に、ノックの音が響いた。
ドアの向こう側からノアの声がする。私はドアを開けた。
「どうしたの、ノア、ニーナも」
そこには、チャイが並ぶトレーを持ったノアと、焼き菓子が載った皿を持ったニーナが立っていた。
ふわりと茶葉と甘い菓子の良い香りがただよう。
私は思わず首を傾げる。
「フリッグ、最近、ちょっと様子がおかしいから。なにか悩んでいるんじゃいかって思ったんだ」
ノアはつんとした表情の割に、素直に優しいことを言う。
ニーナもそれに頷き、言葉を継いだ。
「悩んでいる時は、仲間とパーとお喋りするのが一番よ。中入っていい?」
「私はもちろん大丈夫だけど……お茶していいか、マリンに聞いてみないと」
「マリンには了承もらっているよ。買い出し終わったら、マリンも合流するって」
「マリンも……?私、みんなに心配かけてたのね」
その自覚がなかった私は、反省しながらトレーを受け取り、ソファテーブルに載せた。
(うう……いつもどおり振舞えてなかったんだ……)
一流の傭兵は心の機微を表に見せない。もし見せれば、それが隙になってしまうからだ。
「ほら、落ち込まないの。バグラヴァあるわよ」
「ありがとう……いただきます」
ソファに腰かけた私たちは、ささやかなお茶会を始めた。
「で、なにを悩んでるのさ」
ノアが真っ先に切り出す。
私は観念して、ジーニアス殿下からプロポーズがあったこと、断った後も手紙をもらっていることを打ち明けた。
「なにそれ!王太子からプロポーズ!?」
「断っても手紙がくる!?まさかフリッグ、ストーカー被害にあってるんじゃないでしょうね!?」
ふたりは、驚いた顔で身を乗り出す。
慌てて、私は首を振った。
「ちがうの、あのね……」
ここで、私は自分の家の話をするかどうか迷った。
(大丈夫。団長は私の身分に気づいてた。きっとノアもニーナも知っているはず)
勇気を出して、そのあたりを説明すると、ふたりは拍子抜けした。
「なーんだ。もともと知り合いだったのね」
「びっくりした。フリッグが僕らの知らないところで王太子の目に留まって、セクハラでも受けているのかと思った」
「そうじゃないの……心配してくれてありがとう」
「でもさ、断ったってことは、フリッグはその王子様のことが好きじゃないのよね?なのにしつこく言い寄られて困っているの?」
「それが、難しいところなんだよね……」
私は緊張して、ぎゅっと拳をを握った。
自分の気持ちを正直に外へ出すことは、いつも少しだけ、勇気がいる。
「実はね……私、殿下が好きなの。本当は、ずっと……ずっと前から好きだった」
思い出す。王太子妃候補として初めて登殿したあの日。
ティールームの窓からお日様の光がきらきら差し込んで、金色の髪や、緑色の瞳が、輝いていたあの様を。
胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
「好きなのに……一緒にいる未来を選べないの」
それは、誰よりも自分自身に向けた言葉だった。
殿下の隣に立てば、私は今の私のままではいられなくなる。
それが怖くて、逃げているだ。
「だから、断ったの」
言葉にした瞬間、肩の力が抜けた。
ノアもニーナも、すぐにはなにも言わなかった。
チャイの湯気だけが、静かに揺れている。
やがて、ニーナがやわらかく微笑んだ。
「……フリッグらしいわね」
「え?」
「大切だからこそ、簡単に近づけないってやつ。すごく、あなたらしい」
ノアも腕を組んで、小さく息を吐いた。
「不器用すぎるよ。でも……ストーカーから逃げてるんじゃないってのは、わかった」
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「ありがとう」
その言葉は、仲間へ向けたものでもあり、弱さをさらけ出せた自分自身への、ささやかな労いでもあった。




