第十三話 王太子とお別れです
フリージアの様子が変わったのは、彼女への恋心を自覚した頃合いだった。
共に弓を引いても、美しい花園を散歩しても、いつも元気がなかったのだ。
俺は戸惑いつつもフリージアに寄りそうつもりでいたが、そのうちフリージアは王太子妃候補としての登殿や弓の講義にもなかなか姿を現さなくなった。
これは後から分かったことだったが、原因は、ランドバルク家が新しい妻を迎えたことにあるようだった。
どうやら義母とその連れ子はフリージアに対してつらく当たり、外出を認めなかったらしい。
しかしその一方で、自らの娘たちには王太子妃候補に推し進め、積極的に王家に近づこうとしていた。
フリージアは弱音を吐かなかった。せっかく会えても、暗い顔で俯き、ぼうっとしていることが増えていた。
「フリージア。なにか悩んでいるのなら、話してほしい。力になるから」
訳が分からず、だが心配のあまりいてもたってもいられなかった俺がそう言っても、彼女は弱く笑い、
「私なら大丈夫です。ありがとうございます、殿下」
と流してしまうのだ。
そうして、父を失ったフリージアは「心労」のために「病気」となり、遠方の療養地へと向かったと発表され、王都から完全に姿を消した。
表向きでは。
(フリージア……本当に病気なのか?)
最愛の父を失ったことは、確かに心に傷を生む出来事だっただろう。最後に会った際も沈んでおり、足元もおぼつかない様子であったから、「病気」という説明は一般的には腑に落ちるものではあった。
しかし、どこの療養地へ行ったのか尋ねても、フリージアに宛てた手紙をランドバルク家に預けてみても、返事はなかった。
新しく妃候補になったフリージアの義姉にあたると「あの子は妃候補として受ける教育を嫌がっていました」、「殿下のことも、本当は困っていました。嫌いだけど、身分のために言いだせなかった」などと、嘘八百を並べ立てる。
それを聞いていると、まるで、胸の中に冷たいものが、重くたまっていくようだった。
当時の俺は、真実を見分けることができなかったのだ。
(確かに、俺たちには、温度差があった。……本当は、迷惑だったのだろうか)
もし、フリージアに嫌われていたら、どうすればいい?
――そうだったら……生きていけない。
思い詰めてしまった俺は、フリージアの行方を探すことをあきらめてしまった。
というのも、フリージアとの関係が解消されたことは周囲にとっては都合がよかったらしく、その出来事をきっかけに、俺を彼女から引き離す動きがあったのだ。
俺の「ランドバルク嬢に対する想い」を、親である国王と王妃は「行き過ぎている」と感じていたらしい。
フリージアは「王太子妃候補」としては評価が低く、貴族間のパワーバランスを鑑みても、あまり有力とは言えない候補だったのだ。
早くに父親を亡くし、後ろ盾もない。
もっと条件がよい候補は他にもいる。
少なくとも、王太子が出場する弓道大会で、忖度することを迷うような令嬢を、王太子妃候補として評価する者はいなかった。
そんな彼女を「特別扱い」していたから、周囲は頭を抱えていたのだ。
フリージアを失った俺は、心に穴が開いたように、沈んだ生活を送っていた。
その変わりようを見たミールたちは俺を哀れだと思ったようで、『もっとランドバルク嬢との仲を応援して差し上げればよかった』という声が聞こえてきていた。
しかし、王太子の身ではおちおち悲しみに浸ることはできなかった。
毎日やるべきことがあり、会うべき人物がいるのだ。
王太子妃候補もだいぶ絞られており、フリージアをいじめていた件の公爵令嬢が有力となっていた。
(もし、今ここにフリージアがいればな……)
そうして数年が過ぎたある時、フェリス王国は隣国のアルスタイン帝国から侵略を受けたのだった。




