第二話 プロポーズはお断りです 後編
「お、いたいた。フリッグ!こっちだ」
ジーニアス王子から離れて、戦が終わりひとまず王都に設営された兵営代わりのテントの間を縫って移動していると、なじみ深い大きな声が私を呼んだ。
フリッグというのは、私の偽名である。
実家であるランドルバルク侯爵家から家出をした私は、発見されたくなかったので、フリージアという本名に近い、街で流行っていた名前を拝借して生きてきた。
ジーニアス王子が再会した私に気づいてフリージアと呼んだ時、私にとっては数年ぶりの呼び方だったから、少し居心地が悪いと感じたのだ。
家を出てから私は、傭兵フリッグとして生きてきた。辛いことも楽しいこともいっぱいあった、愛おしいかけがえのない年月だ。
それに対して、『フリージア』でいたころの思い出は、私にとって重苦しいものである。
だからフリッグ、と今の知り合いに呼ばれてほっとした。
「ヒース団長!」
呼ばれるまま、声の主である所属している傭兵団の隊長のところまで寄っていく。隊長は荷物を運んでいる最中らしい。
ロープのようなたくましい腕に、何やら大きいコンテナを抱えている。
「今報酬の支払いがきたところだ。もうここに用はねえ。さっさと移動するぞ」
「早いですね」
隣国アルスタイン帝国からフェリス王国王都を奪還し、各地で同時に起こっている反乱運動とも綿密に連携が取れている現在、アルススタイン帝国がフェリス王国を統治し続けることは実質不可能になっていた。
(戦が終わったからっていって、すぐに平和になるわけじゃないものね)
私たちの雇い主であるフェリス王国は、いまものすごく忙しいはず。
戦争の後始末は、なかなか骨が折れる作業であるから、契約してた傭兵団の報酬を支払うなんて、後回しにされると思っていた。
頭の中で、ひそかにガッツポーズを作る。
だってこのまま王都にいれば、ジーニアス王子とエンカウントする可能性が上がってしまう。またプロポーズを受けたら、拒否するのも根性がいる。
いや、王子はまだいい。なぜか私が傭兵になっていることを黙ってくれている彼よりも、実家の人間がこちらの所在に気づくことが一番恐ろしい。
だからこそ、このまま戦争に参加していた諸侯に気づかれないまま王都から脱出できそうなのは僥倖だと感じられた。
「次の仕事はなんですか?」
「ハルラ砂漠でキャラバンの護衛だ。今日中に荷物をまとめて、隊の荷馬車へ詰め込んでおくように」
「承知しました」
荷馬車へ向かう隊長と別れて、私は私物を置いてあるテントへ足を向ける。
(……ジーニアス殿下と話す機会は、さっきのプロポーズで最後だったのね)
そう思うと、少しだけ胸がキリリと痛んだ。
(実はプロポーズが嬉しかったなんて。伝える機会は、きっともう一生ないわ)
私に跪いて、落ち着いた低い声で、まじめに愛をささやいてくれた。プロポーズを受けることはできないけれど、きっと数年たったら良い思い出になっている。
そうなるように、私は私で、傭兵稼業を頑張ろう。
なんとなく俯き気味だった顔を上げる。大きな空が絨毯のように広がっている。
私は大きく伸びをして、歩き出した。




