第十三話 これは過去のお話です 七
そして、とうとう家を出る日が訪れた。
メイド服を着て買い物袋を持っていれば、誰にも怪しまれずに出ることができた。
屋敷の使用人口から一歩外へでると、太陽は明るく、緑は生き生きと生い茂って、外は完璧に美しい初夏の時期だった。
あまりの美しさと待ち望んでいた自由に、目がくらくらしてしまう。私は日差し除けに前髪のあたりで手をかざし、先を行く使用人についていった。
私の身柄が使用人から、ランドバルク所属の騎士のもとへ移ると、騎士は国から出ると教えてくれた。
「本当はもっと早くお連れするべきでしたが……遅くなり申し訳ございません。先日別のものが申し上げたと思いますが、私たちがお出しする食事以外は召し上がっておりませんね?」
「ええ。食べてないわ」
私の食事は、トムやトムの協力者のメイドがこっそり持ってきてくれる。それ以外の食べ物は、絶対に食べてはいけないと、皆が口を酸っぱくして言い含めるのだ。
食事の確認をとったミチルという名前の若い騎士は、頷き、上司の伝手にとある傭兵団の団長がいる、もうすでに話はつけているからと、私を安心させるように微笑んだ。
彼は事前に用意してくれていた外套で私を包み、フードを目深くかぶせてくれた。
(外国……まさか王都を出るなんて思ってもみなかった)
母と父が眠るお墓から離れることに、少しだけさみしさを感じたが、私は顔を上げた。
(今は、義母たちから逃げることだけ考えよう。大丈夫。皆を信じるって決めたんだもの)
それから私たちは国境を抜け、カルデラへ向かったのだった。
別れ際、ミチルは餞別だと言って、ランドバルク家の紋章が掘られた懐中時計を渡してくれた。
「旦那様がなくるまで、身につけておられたものです。形見になると思いまして」
「なにからなにまで、ありがとう。私、ミチルのこと、忘れないわ」
傭兵という職業について、事前に騎士たちに聞いていた私は、傭兵団の団長、といういかついキーワードで、お世話になるという人物を、むきむきで強く厳しい人物だと考えていた。
実際に会ったヒース団長は、むきむきという点では想像通りだった。
しかしクマのような強面な姿とは裏腹に、性根は面倒見がよくて優しい人で、私はすぐにヒース団長が好きになった。
ミチルと別れてさみしい私を、ヒース団長は妻であるニーナを紹介してくれて、彼女に拠点の中を案内するように取り計らってくれた。
元々酒場のダンサーをしていたニーナはきれいで、よい香りをまとった素敵な女性だった。
私が人見知りを発動させていたからか軽いジョークを交えながら部屋を案内してくれる。
私の部屋はマリンと同室だったから、一番初めに部屋にいたマリンを紹介してくれた。
マリンは私の少ない荷物をどこにしまえばいいか教えてくれた。
「マリンは不器用なところがあるのよ。真顔で黙っていても、怒ってるとか嫌っているとかじゃないから、安心してね」
「仲良くなれたら、嬉しい。よろしく」
そう言って手を差し出してくれた暖かい手を取りながら、私は感動していた。
(普通だ……!私のことをあざ笑ったり、避けたり、お世話をするんじゃなくて、普通に挨拶してくれている!私、ここでなら、義母たちのことを忘れて、自由にやっていけるかもしれないわ)
次に、ニーナはノアのことを紹介してくれた。
「私の弟。まだ子どもだけど、しっかりしてるから、わからないことがあったら聞いてみるといいわ。年も三つ違いで近いし、話が合うかもね」
「そうなんですね。よろしくね、ノア」
話が合うかも、と言われた期待を込めてノアに挨拶をしたが、そんな私を、ノアは鋭く睨みつけた。
「よろしく、じゃないでしょ。僕は先輩だよ?敬語をつかって、よろしくお願いします、っていうべきでしょ」
今思えば十ニ歳にしては小生意気な発言をしたノアを、ニーナは注意した。
「ノア、確かにあんたは先輩だけど、まだ見習いでしょ?あんまり大きな顔をしないの。ごめんね。フリッグ。根はいい子なんだけど」
「いえ、大丈夫です」
(なんかやな感じだな……私、この子とうまくやっていけるかな)
私はニーナに連れられて、ノアと別れて食堂まで移動した。
ニーナははちみつとスパイスが入った熱い紅茶を淹れて、傭兵団の決まりごとをレクチャーしてくれた。
「あんまり固く考えなくても大丈夫だけど、上からの指示は守ってね。勝手な真似をすると、命にかかわるから」
「命に……。気を付けます」
そう、居心地がよさそうでも、ここは命を張った仕事をする傭兵団なのだ。
私は気を引きしめて、唇をきゅっと結んだ。
「ここでは、新人には指導役の先輩がひとりつくの。一人前になるまでは、その人に従ってね」
「わかりました」
「フリッグのこと、少し聞いてるわ。弓が使えるんですって?あなたが傭兵としてどれくらいやれるか、私たちにとっては未知数だから、まずは少しづつ、小さな依頼から始めていきましょう。あんまり緊張しなくて大丈夫だけど、仕事はしっかりお願いね」
そういった後、ニーナはにっこり笑顔になった。
「じゃあ、そろそろ食事の支度をしましょうか。今日はあなたの歓迎会も兼ねてるから、ちょっとだけご馳走なの。手伝ってくれる?」
「はい!」
張り切ってそう返事をした私だったが、人生で初めて包丁を握った私は、じゃがいもの皮をむくとか、ニンジンと玉ねぎを細かく切るとか、あたりまえのことが見事に何もできなかった。
皮をむきすぎて真ん中の芯だけになった哀れな玉ねぎや、でこぼこに剥かれたりんごを見て、後から手伝いに参加したノアは、けちょんけちょんに私の不器用さを責めたのだった。




